今年の中国は、2月4日から10日までが春節(旧暦の正月)連休期間でした。春節期間中やその前後は多くの中国映画が公開される時期です。今年の覇権映画は間違いなく、中国SF小説『三体』の著者・劉慈欣の原作を使用したSF映画『流浪地球』でしょう。他にも、現代中国社会への皮肉を利かせたコメディ映画『新喜劇之王』、著名な作家・韓寒が監督を務めるレースコメディ映画『飛馳人生』など、家族で見られる映画が好評でした。それでは、ミステリー映画はどうかと言うと、タイトルからミステリーのジャンルに分類できる作品が少なくとも2本ありました。しかし、どちらも評価は低いです。


 まず、春節前の1月25日に公開された『大偵探霍桑』。これは本来なら昨年公開されていたはずの映画で、今年に入っても1月18日に公開予定になったかと思えば、技術的な問題が理由で公開が更に翌週にまで延びました。実はこの時点で、界隈から、この映画はダメなんじゃないかという声が聞こえてきました。そして公開されて、低評価が明らかになってから見に行ったところ、これがとんでもなくひどい映画でした。
 そもそもこの映画は、清朝末期から中華民国時代に活躍した「中国ミステリーの父」と呼ばれる作家・程小青『霍桑探案集』を原作にしています。しかし映画の舞台は、中国の架空の時代であり、旧型の自動車や西洋的なクラシカルな建造物が並ぶ風景の中を、スーツを来た現代風の中国人が闊歩する、一見サイバーパンク的な映画です。ですがこの映画、何もかもが酷いので、説明に窮してしまいます。一言で言えば、原作者の程小青を侮辱しているに等しい内容です。そんな映画が、「程小青生誕126周年記念」と銘打っている(本当は2018年に公開して、125周年記念とキリがいい数字にしたかったのだろう)のは本当に滑稽です。公開の延期も、あまりの出来の悪さを考慮した関係者の誰かが公開中止を訴えていたんじゃないかと勘繰ってしまうほどです。
 

『神探蒲松齢』は清代の短編小説集『聊斎志異』の作者・蒲松齢をジャッキー・チェンが演じたファンタジー映画です。『聊斎志異』は、巷間に流布していた怪異譚を集めた小説集であり、ここに収録されている作品の一部は中国ではよく映像化されます。本作『神探蒲松齢』では、ジャッキー・チェン扮する蒲松齢が妖怪ハンターとして悪い妖怪を退治するという、探偵要素の欠片もない内容です。映画自体は、ジャッキー・チェン映画として見ればそこそこ面白く、椅子を使った立ち回りやエンディングのメイキング映像を見られるので、私個人は満足できました。
 しかし、実はこの映画に原作があり、その原作がファンタジーや怪異を徹底的に廃したミステリー小説だとしたら話は別です。
 
 今回は、ファンタジーカンフー映画と化してしまった中国時代ミステリー小説を取り上げてみましょう。


【↑『神探蒲松齢 紅玉』】

 怪談収集家で狐鬼居士の異名を持つ蒲松齢は、弟子の厳飛から狐女「紅玉」の伝説を聞き、2人で広平(河北省邯鄲)へ向かう。役人の王御史と出会い、彼に、怪異とは噂話が高じて生まれるものだと諭し、自分が遭遇し、解決した「尸変」事件を語る。そして、広平で出会った捕吏から、県知事がまるで祟られたかのような不可解な死を遂げたことを告げられる。調査を進めると、それは呪いでもなんでもなく、何者かによる他殺事件であることが判明する。また、以前この土地で起きた凄惨な事件の被害者であり、噂の「紅玉」の夫が、本件に関与していることが分かる。

 この作品は、映画化された『神探蒲松齢 聶小倩』の前作であり、シリーズの一作目です。「尸変」「紅玉」『聊斎志異』に収録されている作品で、どちらも日本では有名なお話かと思います。
「尸変」は、宿に泊まった4人組が女性の死体に襲われ、そのうち3人が死に、残る1人が宿から逃げるも、その女性の死体に追い掛けられて寺まで逃げて木に上ったが、死体はその木にしがみつき、朝までその木の幹を掴んでいたため、死体の指がガッチリ食い込んでいたという話です。
「紅玉」は、ある文人が紅玉という美しい女性と相思相愛になるが、別れて他の女性と結婚するものの、役人に無理やり妻を奪われて父を殺されるという不幸に遭うばかりか、それからその役人殺しの冤罪まで着させられ、ようやく釈放されたところに紅玉が現れ、実は自分は狐だと告白され、最終的に一緒に暮らすという長めの話です。

 小説では、蒲松齢がこの二つの怪異が超常現象であることを否定し、事件を捜査して合理的な解釈を下しています。さらに、彼が解決すべき難事件にはいくつもの殺人事件が絡み合い、清代が舞台であるにもかかわらず密室殺人や首なし殺人などの現代的な事件が発生します。蒲松齢は論理と推理を駆使してそれらを一般的なミステリー小説と同様に解決するわけです。
 まるで京極夏彦の『巷説百物語シリーズ』を、『聊斎志異』を使って再現しているかのような作品です。映画の元ネタになった『聶小倩』(これも、聊斎志異に収録されている同名作品を扱っている)も、きっと怪談に科学のメスを入れて犯罪事件として処理しているのでしょう。それがなんで、妖怪が実際に登場して、街を壊しまくるどころか異次元空間にまで行ってしまう冒険活劇映画になってしまったのか。

 そもそもこの小説、中国で大ヒットを飛ばしたかと言えば、そういうことは全くなく、中国のレビューサイト「豆瓣(Douban)」でも評価がほとんどありません。全く無名な小説がなぜ映画の原作に選ばれたのか、映画化の結果、原作要素がタイトルぐらいしか残っていないのはなぜか、など疑問は多いです。

 実は、公開から2週間足らずの2月17日時点で歴代2位の興行収入である37億元(約590億円。ちなみに1位は『戦狼2』の57億元)を叩き出しているSF映画『流浪地球』も、ストーリーが原作とだいぶ異なります。そもそも原作の小説は、2万文字余りの短編小説です。それに、もし原作通りの映画をつくったとしたら、今回のような記録的大ヒットを達成することはきっとなかったでしょう。

 中国では今後も、原作小説を下敷きにして改変に改変を重ねて、原作とは全く異なるオリジナル映画をつくるかもしれません。今回の『大偵探霍桑』『神探蒲松齢』『流浪地球』の結果で、その明暗がはっきり現れました。

 正月早々、中国ミステリー大敗北で中国SF大勝利の結果を見させられて、中国ミステリーの大衆化はまだまだ先かなとちょっと落ち込んでしまいました。

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
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