全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!

 昔観た映画とか読んだ本の登場人物はみんな自分より年上だったはずが、ふと気がつくと自分がとっくにその年齢を超えていることに、よくも悪くもある種の感慨を覚える今日この頃。ジェイムズ・グレイディ原作の1975年のアメリカ映画『コンドル』(シドニー・ポラック監督)の、文句のつけようがないほど素敵すぎる美老人殺し屋役のマックス・フォン・シドーが、実は撮影当時46歳だったと知った時のショックはいまだに忘れられません。それはさておき、高齢者を主人公にしたフィクションが国内外問わず目立ってきたような気がするのは、もはや他人事とは思えない年齢になってきたからでしょうか……。以前取り上げたダニエル・フリードマン『もう年はとれない』のバック・シャッツ・シリーズや、ミッチ・カリン『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』など、美老人案件としてはもちろん、ミステリとしてのクオリティも高く、忘れがたい作品が次々に出ていますが、そんなシニア萌えミステリの先駆けとして今回ご紹介するのは、L・A・モース『オールド・ディック』(石田善彦訳/ハヤカワミステリ文庫)です。


 舞台は80年代のロスアンジェルス。主人公はかつて凄腕の私立探偵だったジェイク・スパナー、78歳。家族もおらず贅沢もできない隠居の身で、安っぽいペイパーバックの犯罪小説をツッコミながら読む日々を送っています。そんなある日、公園で日なたぼっこをしている彼の前にリムジンが停まります。車から降りてきたのは、高級そうなスーツを着たやせ細った老人。その死神のような黒ずくめの姿を目にしたスパナーはなんとなく嫌な予感がして彼から逃げようとしますが、驚いたことにその死神はスパナーの名を呼びながら追いかけてきたのです。

 やや痛風の気があり、ときどき不眠症になる以外には肥満や潰瘍の心配もなく、年の割には健康そのもののスパナーといえど、さすがに突然の追いかけっこで全力疾走はキツい。同じく息を切らしながらスパナーに追いついた死神の正体は、75歳の元大物ギャング、サル・ピッコロでした。今から43年前、サルはスパナーの活躍で刑務所に入り、30年間服役するはめに。執念深いことで有名な彼がいまさら自分の前に現れてスパナーは死を覚悟しますが、意外なことにサルはスパナーに仕事を依頼するために来たというのです。

 17歳の孫息子が誘拐されて身代金75万ドルを要求されていると聞き、探偵稼業からはとっくの昔に引退したスパナーは警察に行くよう勧めますが、かつて警察と争い、すねに傷を持つ身のサルはその提案をかたくなに拒否。サルの懇願にほだされたスパナーは金の受け渡しに同行しますが、指定された場所に着いた二人は何者かに殴られ、身代金を取られてしまいます。

 ここからはスパナーのタフでクールな活躍が……と言いたいところですが、そこはむしろ無理しない程度にとどめていただいていいんですよ! 心配だから! 主人公の名前からお察しのとおり、本書はミッキー・スピレインをはじめとしたハードボイルドのパスティーシュでもありますが、老人にはそんなワンマンプレイはリスクが高すぎるということで(?)、素敵な助っ人たちが次々に登場します。特に楽しいのは〈コールタール穴〉と呼ばれる、60歳以上のひとびとのための生活協同組合。法律、医学、はては料理にいたるまで、それら専門家の老人同士が共通の利益のために助けあい、自給自足するという集団です。スパナーはそこの住民たちに探偵仕事の手伝いを頼むのですが、高齢者の弱点を武器にして成果をあげるくだりはたいへん痛快です。ちなみにここでは、つやのある銀髪、金縁メガネ、ぴかぴかの靴がトレードマークのレオ・ケスラー名誉文学教授というおしゃれな美老人も登場しますのでご期待ください。

 そんな助っ人たちの中でもナンバーワンのバディは、もと警官のオブライエンことオビー。若い頃はジェイクと喧嘩しながらもたくさんの事件を解決してきた強面の彼は、今や老人ホームで管理人ともめるだけがいきがいの毎日。本来スパナーが彼を頼ったのは別の理由でしたが、その哀しい境遇を目にして、彼にも危険な仕事に一役買ってもらうことにすると、がぜん喜ぶオビー。ちなみにスパナーはホームを訪ねる際、禁止されているお酒をお土産に持っていくのですが、

「そのふくらんでいるポケットはなんだ? なにかもってきたのか、それともおれに惚れちまったとでもいうつもりか?」

 こんな感じで二人の間で若い頃から変わらないであろう、乱暴だったりお下品だったりなへらず口が交わされるので、ああしょうがないジジイたちだなあなどと思っていると、クライマックスではそれが涙無くしては読めないことになるという……。これ以上は伏せておきますが、かなりグッとくるシーンですよ!
 
 というわけで、本書はスパナーとオビーの熱い友情が腐読みどころではありますが、それ以外にも「老いること」に関して含蓄のあるセリフが満載です。

 頭のなかはまだ二十代のままで、すべての動きを知り、体は完璧なコンディションで、十分動くことができ、相手の動きに素早く反応できるつもりでいる。だが、実際には二十代のはずがなく、反応はほんの少し鈍く、そのわずかの差が決定的な失敗となってかえってくる。

 なお本書は1989年に本国で Jake Spanner, Private Eye というタイトルのTV映画が作られ、スパナーはフィリップ・マーロウ役でおなじみのロバート・ミッチャム、サルはアーネスト・ボーグナインが演じました。筆者はTV放映時に観ましたが、当時72才だった二人がヨロヨロと追いかけっこをしていた場面を覚えています。ラストもなかなか気が利いているアメリカ探偵作家クラブ賞受賞の本書、ぜひ復刊してほしいものです。

 そして全国のシニア萌えの皆様に朗報です! 88才のクリント・イーストウッドが監督・主演をつとめる3月8日(金)公開の映画『運び屋』は、まさしく美老人の、美老人による、美老人ファンのための映画なのですよ!(感涙)

 かつては朝鮮戦争の英雄であり、高級ユリの品評会では常に高い評価を受けていた園芸家のアール(クリント・イーストウッド)は、好きな仕事に打ち込んで自分本位の人生を送り、長年の間妻と娘をないがしろにしてきました。90歳を目前にした今、そのツケが回ってきたのか、家族には見捨てられ、売り上げは低迷し、農園も差し押さえられる羽目に。そんなある日、ふと知り合った男から、車で物を運ぶだけの簡単な仕事をやらないかと持ちかけられます。ボロボロの愛車で向かった先には、メキシコ系のヤバそうな男たちが待ち構えていました。言いつけ通りに仕事をこなしたアールに渡されたのは、予想外の大金。物を運ぶだけでこんなに簡単に稼げることがわかったアールは、2回、3回とその仕事を続けます。しかし彼の人生はだんだんと思いもよらない方向に向かって行き……。



 90歳の老人が運んでいたのは総額13億円相当のドラッグ! 知らぬ間にメキシコの犯罪組織と関わり、伝説の運び屋となっていた彼の数奇な運命を描いたサスペンスは、驚いたことに実話なのです。


 劇中では、危険な手下たちとの緊張感あふれるやりとりや、謎の運び屋を追いつめようとするFBIの捜査、そして彼の身勝手で悲しい思いをし続けてきた家族への想いなどが描かれます。ご存じの方も多いかと思いますが、イーストウッドといえば華麗なる女性遍歴で有名。この映画ではアールの娘役として実の娘アリソン・イーストウッドが出演しているのですが、父親にぶちキレるシーンの熱演を見ると、映画顔負けの破天荒な父の実人生でおそらく家族も相当迷惑したであろうことが想像されます。

 脇役も豪華に、妻役はダイアン・ウィースト。運び屋を追う捜査チームとして、前監督作『アメリカン・スナイパー』の主演ブラッドリー・クーパーにローレンス・フィッシュバーン、みんな大好きマイケル・ペーニャが登場します。

 それにしても、犯罪歴もない素人の老人がなぜそんな大それた犯罪に手を染め、しかもなかなか捕まらなかったのは一体どうしてなのか。その答えを解くカギは、『オールド・ディック』のこの言葉にあるのではないでしょうか。

 老いるということは他人の眼に入らなくなることだからだ。(中略)ほかの人間たちのほとんどはわれわれに気づきもしないか、もしくは無視しようと努める。

 誰もが驚く前代未聞の犯罪。おそらくあなたが思っているよりも、ずっと意外な展開が待ち受けています。誰かにネタをばらされる前に、いちはやく劇場でその結末を見届けてください!

映画『運び屋』特報【HD】2019年3月8日(金)公開


タイトル】運び屋 原題:The MULE(原題:ラバ、運び屋、頑固者)

監督/出演】クリント・イーストウッド
     「許されざる者」(1992)
     「ミリオンダラー・ベイビー」(2004)アカデミー賞監督賞、
       作品賞受賞
脚本】ニック・シェンク(「グラン・トリノ」)
出演】ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、
    マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィ―スト、アンディ・ガ
    ルシア、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ他

配給】ワーナー・ブラザース映画
公開】US=2018年12月14日(金)公開
    JP=2019年3月8日(金)ロードショー

上映時間】1時間56分
レイティング】G
クレジット】©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

公式サイトhttp://hakobiyamovie.jp

   

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓江訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho






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