最近は中国ミステリー関係の本を買うだけではなく、作家や出版社からもらう機会も増えてきました。もらった本は早めに読まなければいけないと分かっているのですが、タイミング等の問題で「積ん読」になってしまうことも多く、作家本人からもらった場合は特にプレッシャーを感じます。

 本書『真相推理師 凶宅』(2018年7月)も、昨年夏に作家からもらったのに結局今まで放置してしまった1冊です。著者と同名の名探偵・呼延雲が活躍する「真相推理師」シリーズの最新作にして7作目に当たる本書のテーマは「凶宅」、つまり殺人事件や自殺があったワケあり物件(幽霊屋敷)です。

 過去作『黄帝的呪語』では、古代中国に他人の死期を判断する「断死師」という人間がおり、それが現代にも生き残っているという設定をつくり、人間の死を自由に操れるという超常的なペテンが絡んだ殺人事件の真相を見破るストーリーを組み立てていました。本書『凶宅』は、中国に古くから伝わる「凶宅」という不吉な概念を利用した犯罪事件を論理的かつ科学的に解決する内容ですが、一方で現代中国の社会問題に深く切り込み、迷信・俗信を捨てられない人々の心の弱さ、そしてそれにつけ込む人間の醜さも書いている大作です。

 監察医の蕾蓉は、元部下・唐小糖から家に幽霊が出るという相談を受ける。幽霊などいないと彼女を慰める蕾蓉だったが、実は今、彼女が暮らす都市では「凶宅清掃員グループ」という、ワケあり物件を専門にして特殊な清掃作業を行うグループが存在し、唐小糖はそれに参加してしまう。
 そのグループのリーダーで、「須叔(ヒゲのオジサン)」と呼ばれる男は「大郭先生」という一種の風水師で、死人が出た家をお払いできるだけではなく、当時の犯行の情景まで見ることができるという能力を持っていた。いかにも胡散臭い人物だが、彼は除霊に関する豊富な文献資料の知識を持っており、あちこちの古典から文章を引用してはもっともらしいことを喋って皆を煙に巻く。そして須叔は、唐小糖を人質に取り、鑑識専門家の劉思緲と蕾蓉に対し、3軒の「凶宅」で起きた未解決の殺人事件を解決するよう要求し、できなければ唐小糖を殺すと脅迫する。
 劉思緲は、徐冉という「小郭先生」の除霊の知識と、自身の科学的な手法を使って殺人事件の謎を明らかにしていく。一方、かつて「凶宅清掃員グループ」が5人死んだという「楓荘」の調査に行った蕾蓉は、そこでその屋敷の新しい持ち主である不動産会社社長の陳一新の死に遭遇する。「凶宅」の呪いは実在するのだろうか。

 シリーズが進むと登場人物が増え、キャラクター同士の関係性にも変化が生じますが、1冊でそれらのキャラクター全員を登場させることは難しいです。本書も例外ではなく、今回は蕾蓉と劉思緲の2人が主な主人公になり、記者の郭小芬や不良警官の馬笑中らは全く出てきません。しかし、1作目で呼延雲の推理によって恋人が真犯人として捕まってしまった劉思緲が久々に登場するのは読者には嬉しいところ。実は、彼女の恋人だった林香茗も、前作『復讐』でまるでトマス・ハリス『ハンニバル』のレクター博士のように犯罪者の影で存在感を発揮しています。このようなキャラクターの因果を盛り込めるのも、長期継続作品ならではの利点でしょう。

■ワケあり物件の魅力■

中国の社会派ミステリー作家として活躍する呼延雲が今回取り上げたのは、昨今の中国で価格が高騰する不動産です。中国人が大切にする財産の一つが「家」であり、家を購入することは多くの中国人の「夢」です。投機目的の場合もありますが、購入者本人が住む目的もあり、人生がかかった買い物であるので下手なものは購入できません。しかし、せっかく見つけた家が「凶宅」だった場合、それを諦めるしかないのでしょうか。

日本と同様、中国にも「ワケあり物件」があり、そのような家は相場の値段より安く売り買いされます。例えば南京にある別荘は、数年前にバラバラ殺人事件があったため、入札では最初1200万元以上だった価格を435万元まで大幅に下げ、結果786万元で売れたといいます。また、北京には2018年の時点で3000軒以上の「凶宅」があるそうです。さらに、中国にも不動産契約の際に、前の住人の異常な死など契約に影響する事由を事前に告知しなければいけないという義務があるようです。

「凶宅」だけど売りたい(買いたい)というニーズは、「凶宅」にしてでも売りたい(買いたい)という歪んだ願望にまで発展します。その背景の下に登場するのが「凶宅清掃員」です。日本のワケあり物件で死体相手に清掃する「特殊清掃員」とは異なり、彼らが行う仕事はその部屋を清め払うこと。「須叔」率いる凶宅清掃員は、中国に昔から伝わるお払いの知識を使ってその部屋の邪気を取り払います。ここで存在感を発揮するのが、霊能力者や風水師のような力を持つ正体不明の「大郭先生」こと須叔です。

 事件現場で被害者がどのように死んだのかをまるで見ていたかのように理解する須叔は、その超能力めいた不思議な力で人々を説得しますが、ミステリー小説において彼のような存在はたいていペテン師です。しかし彼の超能力が偽りであることが分かっても、彼のメッキは剥げないどころか、不気味さをますます増します。

 須叔が劉思緲に出題した3軒の「凶宅」は、彼女が行く前にすでに須叔と唐小糖らの清掃員グループが訪れており、お払いなり霊視なりを行って、須叔によって事件の真相が明かされています。しかし、元監察医である唐小糖も劉思緲も須叔の超能力など信じておらず、自身の知識と経験を生かした科学的捜査をした結果、須叔とは異なる結論を導き出します。しかしそれは、須叔の超能力が偽りであるという証明であるだけではなく、彼が故意に間違った推理を述べているとするならその狙いはなんだという新たな疑問の発生に繋がり、劉思緲に謎を解かせる理由も分からなくなります。須叔の神秘性や恐怖がかえってより増すという展開は、事件がどのように起きたのかという「ハウダニット」から、事件がなぜ起きて須叔はなぜこのようなことをさせるのかという二重の「ホワイダニット」に転じ、名探偵・呼延雲の登場を待つしかなくなります。

■中国的リアルとフィクション■

 本書は500ページ近くの大作であり、中国語の文字数は約34万文字に上ります。中国の伝統的な風水や怪異に関する書籍から文章がいくつも引用されていて、それらの文章はペダンティックに見え、読者を煙に巻こうとしているように見えます。


【写真上:本書の参考書籍の一部】

 著者の呼延雲は昨年、つまり本書を刊行する前後からしきりに中国伝統文化と推理の融合を説いており、本書はその集大成の一つとなります。いわゆる「怪力乱神」の類を作中で紹介し、須叔らの言動の説得力を補強していますが、それらを迷信と一概に見なしているのではなく、その中に存在する科学的根拠なども大切にしています。これが呼延雲の言う、中国文化と推理の融合の一つの形であり、彼は「不動産価格の暴騰」という社会問題を加えて、古代の迷信と現代の情報に踊らされる中国人の姿を描いています。

 もう一つの特徴は、本シリーズの余分なフィクション性を削ぎ落とす試みがなされている点です。本シリーズは「中二」と言われることがこれまで多々ありましたが、その一番の原因は「四大推理機構」と呼ばれる警察の捜査に協力する民間探偵組織の存在です。その組織のリーダーの一人である愛新覚羅・凝という女性探偵は、存在自体が法律の敗北みたいな人間で、なんでコイツはのうのうと表舞台を歩けているのだと思うほどの犯罪をやらかしているにもかかわらず、依然探偵として警察の上に立って捜査に協力していました。しかし本書にはその影すらありません。

 また中国では、迷信を用いた活動で社会秩序を乱すことが禁止されているので、須叔含む凶宅清掃員は本来であればグレーな存在です。しかし一方で、気持ち悪いものを気持ち悪いと思う一般庶民の気持ちまで否定することはできず、それらの気持ちが「凶宅」関連の需要、そして犯罪まで生み出すことが示唆されています。そして、中国では私立探偵が禁止されているのですが、本書では現場の判断で呼延雲が捜査に介入することが許されています。
 
 本書は、現実を踏まえながらもミステリー小説の体裁を保つためのフィクション性も持っており、リアリティとフィクションの割合の配合に成功しています。著者呼延雲の成長とともに、中国の社会派ミステリーの進化まで感じさせる内容であっただけに、もっと早く読んでおくべきだったと作者に対して申し訳なくなりました。

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)






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