全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 今や羽生結弦君で有名なくまのプーさんですが、去年公開された映画『プーと大人になった僕』をご覧になった原作ファンの方も多いのではないでしょうか。筆者は石井桃子訳で育ってきたので、ティガーはトラー、ピグレットはコブタなんだけどなあと思いつつ、ディズニーの世界最高技術を結集した(?)ぬいぐるみの毛羽立ち具合と絶妙な薄汚れ感に目頭が熱くなりました。このサイトを愛読していらっしゃる方々ならご存じのとおり、『くまのプーさん』の作者A・A・ミルンは一冊のミステリを書いています。楽しくて、ワクワクして、びっくりして、最後にはちゃーんと謎解きの醍醐味が待っている。そんな素敵な作品が嬉しいことに新訳で復刊されました! というわけで今回は『赤い館の秘密』(山田順子訳/創元推理文庫)をご紹介します。

 ロンドンから少しばかり列車に乗ったところにある、通称“赤い館”。のどかな田舎の昼下がりに、屋敷の中から突如銃声が鳴りひびきます。偶然居合わせたアントニー・ギリンガムは、館にいた男と二人で窓を破ると、そこには眉間を撃たれた男の死体が横たわっていたのです。

 死んでいたのは当主のマーク・アブレットの兄ロバート。彼はある理由で館を離れ、オーストラリアから15年ぶりに戻ってきたところでしたが、どうやら招かれざる客だったようで、滞在中の客たちもマークの動揺に気づいていました。ロバートが訪ねてきたすぐあとに、赤い館に滞在している親友のビル・ベヴァリーに会いにきたギリンガムは、行きがかり上事件現場に踏み込むはめになったのです。一緒に遺体を発見したのは、マークの年下のいとこで館の一切をとりしきるケイシー。彼はギリンガムが到着したその時、事件の起きた部屋のドアを叩いていたのですが、いざ部屋に入ってみると、そこに残っていたのは息を引き取ったロバートだけ。いるはずのマークは煙のように消えていました。

 地元の警察が出動しますが、第一容疑者となったマークの行方は杳として知れず、密室の謎も犯行の動機もわからずじまい。そこでがぜん興味を持ったギリンガムが素人探偵役となり、突如ワトスン役に任命した相棒ベヴァリーと一緒に事件を解明します。

 長年音信不通だった粗暴な兄と、地元の名士で芸術家のパトロンとして有名だった弟。相続をめぐる確執か、はたまた過去のなんらかの出来事が関係しているのでしょうか。それとも退役軍人、陽気な高等遊民男子、上流母娘、女優、という怪しげな招待客の中に真犯人が?……と言いたいところですが、なんと客の全員に事件当時鉄壁のアリバイが!(笑)そんなわけで容疑者はかなり絞られてしまうものの、だからといって謎解きがつまらなくなるわけではありません。真相に近づくにつれてある人物の別の面が明らかになっていくくだりなどは、背筋がすっと寒くなるようなスリラーとしても読ませます。ミステリ初挑戦なのに、こんな設定にして自らハードル上げちゃうなんてミルン先生すごい!   

 探偵小説黄金時代の代表作のひとつとして有名なこの作品が、今でも愛され読み継がれている理由は、なによりも〈明るい・楽しい・ほっとする〉からではないでしょうか。たしかに殺人という犯罪は起きますが、邪悪だったり、暴力的だったり、蔑視的な視点を持ったりというような嫌な登場人物に煩わされることがないのです。主人公のギリンガムは親しみやすく、メイドや宿の主人などに対しても横柄な態度をとったりはしません。名探偵といえば多少変わり者でも空気が読めなくても許されていますが、本書のあとがきで加納朋子氏も書かれているように、ホームズのワトスンに対する態度って、結構あんまりだと思うんですよねえ。今ならツンデレの一言で済みますけど、初読の当時は「いくら友達だからってこの言い方は無いんじゃないの?」と怒ってました(笑)。ヴァン・ダインを読んだ時も、ヴァンスのマーカムへの接し方にはなんじゃこりゃと思いましたが、あれはどっちかというと「事件に関係あるような無いようなうんちくを延々と聞かされてマーカム気の毒すぎ」と苦笑したという(笑)。
 
 彼らに比べたらギリンガムとベヴァリーの間柄はもう感涙ものですよ!!

 彫りの深い顔だちで灰色のするどい眼をした“なかなかいい男”(本文ママ)のギリンガムは、次男坊で家を継ぐ必要がないため、気の向くままロンドンで興味のある仕事を転々としていましたが、タバコ屋で店員をしていた時にお客として来たベヴァリーと出会いました。その後レストランで給仕とお客として再会した二人は立場を超えた親友となったのです。時代背景を考えるととても画期的な設定ですが、この二人、対等というよりもベヴァリーがギリンガムを好きすぎるんですよ!!!
 
 たとえば、ベヴァリーが気になる女性の話をしていた際に――

「きみは彼女といっしょにいたいだろうが、わたしとしてはきみにいてもらいたい。すまんが、わたしでがまんしてほしい」
「本気かい?」ベヴァリーはむしろおもねるように訊きかえした。ギリンガムに敬服しているので、彼にいてほしいといわれたことが誇らしくてたまらない。

 ――とか、仕事があるケイリーの代わりに――

ベヴァリーは友人の世話を引き受けた。それも、心底うれしそうに。

 ――とか! ギリンガムはベヴァリーに話しかける時はいつも微笑んでいて、なおかつ彼が何か役立つと存分にほめてあげるので、読んでいるこっちも「ベヴァリー、良かったね〜(嬉しいでしょ!)」と相づちを打ちたくなってしまうのですよ! 

 そんなやりとりが随所に見られて腐的観点からいうと多幸感MAXの本書ですが、そうでなくても全編を通してやわらかくあたたかな雰囲気を味わえる作品だと思います。仕事や家事で疲れた時など、寝る前に読むのに最適ですよ! それでは最後に、とっておきの場面を抜き書きしたいと思います。

「そうかい?」ギリンガムはベヴァリーに笑顔を向けた。
 ベヴァリーの顔が赤くなる。

 こんな嬉しい場面が満載の『赤い館の秘密』、一刻も早くベヴァリーの幸せをおすそ分けしてもらってください!

 館といえば家。最近ではB・A・パリス『完璧な家』JP・ディレイニー『冷たい家』といった、家そのものを題材にした面白い作品が続々と出ましたが、近々映画が公開されるクリスティー『ねじれた家』や、『赤い館の秘密』と同時代のイーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』など、家族としての家を描いた作品にも多くの傑作があります。4月12日(金)公開の映画『マローボーン家の掟』は、家族と家そのものにまつわる謎を描いた作品です。


 メイン州の森の奥深くに立つ一軒の古い家。そこには母親・長男・長女・次男・末っ子の三男という5人の家族が静かに住んでいました。実は彼らは暴力的な父親から逃れるためにはるばるイギリスからやってきたのです。やっと安住の地を見つけた彼らのささやかな幸せも、母親の病死により陰りが見えはじめます。弟妹たちを守るために、長男のジャックはあることを思いつき……。



 J・ A・バヨナ監督作『永遠のこどもたち』の脚本で一躍脚光を浴びたセルヒオ・G・サンチェスが監督と脚本を務めているこの作品、できるだけ情報を入れずに観ることをお薦めします! 内容に触れずに見所をお伝えするとすれば、なによりもキャスティングでしょう。長男役のジョージ・マッケイ(『パレードへようこそ』)の演技は真に迫っており、一家の責任を引き受けるまじめでひたむきな青年の心の痛みは、観ている側にも強く伝わってきます。彼が思いを寄せるアリー役にはアニャ・テイラー=ジョイ。ゴシック・ホラー『ウィッチ』に奇跡のように登場し、『スプリット』『ミスター・ガラス』でさらに驚くべき存在感を見せ、若手実力派スターの誕生を決定づけた彼女は、本作でもその透明感を残したまま、清らかで意志の強いヒロインを魅力的に演じています。次男役のチャーリー・ヒートン(『ストレンジャー・シングス 未知の世界』)、長女役のミア・ゴス(『サスペリア』)、末っ子のマシュー・スタッグの3人も文句なしのキャスティングだと思いました。



 撮影はスペインの森にある本物の家で行われました。時代設定が『ファースト・マン』と同じ1960年代とはとても思えないほど、俗世界と切り離された家族の生活を見事に表現しており、劇中で使われる衣装のクオリティも大変すばらしく、細部まで楽しんでいただけるのではないでしょうか。

 ジャン・コクトー『恐るべき子どもたち』イアン・マキューアン『セメント・ガーデン』など、古今東西、子供たちだけで住む家には何かが隠されているもの。マローボーン家にはいったいどんな秘密があるのでしょう。真相が明らかになったあとの衝撃のエピローグをあなたはどう思うか、鑑賞後にぜひ誰かと話しあってみて下さい。

『マローボーン家の掟』4.12(金)公開 本予告編

タイトル:『マロ―ボーン家の掟』

コピーライト:©2017 MARROWBONE, SLU; TELECINCO CINEMA, SAU; RUIDOS EN EL ATICO, AIE. All rights reserved.

公開表記:2019年4月12日(金)より新宿バルト9 ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
宣伝:REGENTS

【監督・脚本】セルヒオ・G・サンチェス
【製作総指揮】J・A・バヨナ
【出演】ジョージ・マッケイ/ミア・ゴス/チャーリー・ヒートン/マシュー・スタッグ/アニャ・テイラー=ジョイ

2017年/スペイン・アメリカ/英語
カラー/シネマスコープ/5.1ch/1時間50分
日本語字幕:佐藤恵子

原題MARROWBONE
配給:キノフィルムズ|木下グループ
レーティング:G
公式サイトwww.okite-movie.jp

   

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓江訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho










◆【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】バックナンバー◆