たまにこの場でも紹介している、中国で展開する日本ミステリー作品の映像化の話は、実は製作発表以降の進展をあまり追えていません。作品数が豊富にあるのが原因ではなく、進展がほとんど見えないせいです。しかし先日、伊坂幸太郎の『陽気なギャング(中国語タイトル:陽光劫匪)』シリーズの映画情報を偶然目にしましたので調べてみたのですが、映画が昨年4月にすでに撮影を終了していたのにも驚きましたが、それ以上に中国版映画が『陽光不是劫匪』、直訳すると『陽光はギャングではない』という、作品を根底から覆すタイトルになっていたことに衝撃を受けました。しかも映画では、原作には登場しなかった「虎」が出てくるそうです。
 
 どういうことかと更に調べていると、中国の新聞紙『新京報』の昨年3月26日の記事に映画のあらすじや裏話が書かれていました。

『陽光不是劫匪』はどのようにして「虎のショー」を撮影したのか■
出典: https://www.weibo.com/ttarticle/p/show?id=2309351000884222305214537066

あらすじ
孤島に一人で住んでいる暁雪は絶滅の危機に瀕する動物園の虎を引き取り、支え合って生きていた。そこにマフィアのボスが剥製を作るために子供の虎をさらう。暁雪は、義侠心が厚い陽光らに子供の虎を奪還するよう依頼する。4人は機知に富んだ行動でマフィアのボスの犯罪の証拠を暴き、法の裁きを受けさせる。

 原作では強盗団(ギャング)が銀行強盗をするという設定でしたが、中国で映画化されるに当たり、ギャングが義賊?に変わり、目的が銀行強盗から虎の奪還になり、タイトルで主人公の陽光は「ギャングではない」と強調されるようになりました。
 
 中国を舞台にして海外の作品を改編する場合、中国の事情に適した改変が多少施されます。例えば東野圭吾の『容疑者Xの献身』の中国版映画では、原作では私人だった湯川学が公安大学教授という警察関係者になっていました。しかし、本作のように作品の肝心な部分を大改変するのは珍しいのではないでしょうか。そう言えば『キャッツアイ』も中国で実写版が製作されるようですが、今回の例に倣うと「怪盗」という設定をそのまま使うことは難しそうです。
 中国には映像化を待っている日本の作品がまだまだ他にもたくさんあるので、機会があればまた紹介したいと思います。

 中国のミステリー読者が、中国の大型レビューサイト「豆瓣」の評価を基準にして、「中国本格ミステリー小説ランキング」なるものを作成しました。豆瓣でレビュアーが100人以上いる作品を対象にして、上位100作品が選ばれ、トップ10は以下のようになりました。


出典: https://www.weibo.com/2899329770/Hnwt5oeoE?type=comment#_rnd1555236073234

 香港ミステリー小説家・陳浩基の、中国大陸では出版されていない『13・67』『網内人』がワンツーフィニッシュを決めるという、なんとも微妙な結果になっています。以前に陳浩基氏が語った思想などを合わせて考えると、この結果がますます皮肉に見えてきます。

「中国人」と呼ばれたら嬉しくない、「香港人」の考え方
出典: https://bunshun.jp/articles/-/4472

『13・67』以外で和訳されている作品は、水天一色『乱神館記:蝶夢(蝶の夢 乱神館記)』が13位、ミスターペッツ(寵物先生)『虚擬街頭漂流記』が20位、陸秋槎『元年春之祭』が45位、陳浩基『遺忘・刑警(世界を売った男)』が49位になっています。

 しかし、単純に豆瓣のレビューの評価が高い順にランキングを決める集計方法はあまりにもシンプル過ぎて、納得できない点が多いです。例えば、2位の『網内人』陳浩基)はレビュアー数256人なのに対し、3位の『長夜難明』紫金陳)は13994人もいるというアンバランスさが目立ちます。要するにこの集計方法だと、レビュアー数の多さは有利とはならないのです。
 
 そこで今度は、中国大陸で出版された「簡体字」版小説のみを対象にし、投票形式にしたランキング「このミステリーは良い」が実施されました。112人からの投票があり、トップ10は以下のようになりました。


出典: https://www.weibo.com/2899329770/Hp6kmvKZS?type=comment#_rnd1555236497736

 1位の『凜冬之棺』は「中国密室ミステリーの王」と呼ばれている孫沁文(旧ペンネーム鶏丁)の密室トリックもので、中国のミステリー読者からの評判も良く、「中国本格推理小説ランキング」では24位でした。

 出版社で分けるとトップ10のうち5冊が新星出版社から出ており、中国ミステリーにおいてここがトップを走っていると言って間違いないでしょう(トップ20まで広げると11冊が該当)。新星出版社は現在、従来の本格・新本格ミステリー小説を定期的に刊行する一方で、衒学的なアンチミステリーなど実験的な作品も出していて、ジャンルを開拓している最中です。しかしこのランキングを見ると、その活動はまだ読者の支持を得ていないようです。実際、私もそれらを読んだことがありますが、ミステリー作家ではない作家が書いたミステリー小説(っぽい作品)を「アンチミステリー」と銘打って出版しているだけのように思います。
 
 中国にはまだ、日本の「このミステリーがすごい!」のようなブックランキングを雑誌社やウェブサイトが実施する環境が整っていません。ただし、読者個人が選ぶ「中国ミステリートップ10」のようなランキング付けは毎年行われており、その年の佳作を選ぶ一つの基準として利用されています。中国にはいま、紙媒体のミステリー専門誌がないため、短編ミステリーの掲載も関連企画もすべてネットで行うことになります。今回、個人の手でランキングが2回も実施されたことにより、どこかの出版社などがウェブ上で公式に企画を立てて、きちんと整備されて権威を持つ中国ミステリーランキングが登場することを期待します。

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737












 


 




現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)






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