ルー・バーニーのデビュー作『ガットショット・ストレート』(細美遙子訳/イースト・プレス)は、エルモア・レナードを彷彿とさせる、ゴキゲンな犯罪小説でした。スピーディーな展開としゃれた会話、強烈な個性を放つ登場人物と、どれをとってもわたし好み。今月はその『ガットショット・ストレート』の続編、“WHIPLASH RIVER”(2012)をご紹介します。

 まずは『ガットショット・ストレート』をお読みでない方のために、ざっとおさらいをば。19歳のときに自動車窃盗で逮捕されて以来、犯罪とは縁の切れない人生を歩んできたシェイク、ことチャールズ・サミュエル・ブション。そんな彼も42歳になり、何度めかのおつとめを終えたところで、堅気になろうと決意するのですが、そこへアルメニア人ギャングを統率する昔なじみのアレクサンドラが現われ、運び屋の仕事を依頼。その結果、事態は予想もしない方向に進み……というお話でした。
 このシェイクという男、長年、犯罪にかかわってきたわりには、まったくすれていません。情に篤くて、女性には弱く、ここぞというときの判断を必ずまちがえる、という、悪党なのにどこか憎めない人物です。そんな彼の夢はといえば、自分のレストランを開業すること。”WHIPLASH RIVER” の冒頭は、彼がその夢をかなえ、中央アメリカのベリーズで開業したレストランの場面で始まります。カリブ海に面し、“絵はがきから抜け出たような”という形容そのものの美しいながめを堪能できる彼のレストランですが、開業2年たっても客の入りはいまひとつ。というか、経営はずっと赤字です。開業時に地元の麻薬密売組織のボス、その名もベイビー・ジーザスから借金をしており、その返済にも苦労している状態なのです。

 そんなある日、スキーマスクをかぶった男がレストランに現われます。男は客のひとり、ハリー・クインという年配男性に銃を向けますが、すったもんだの末、目的を果たさないまま逃げ去ります。そして、これがすべての始まりでした。その翌日、レストランが爆破され、シェイクも入院するほどの怪我を負ってしまうのです。犯人は前日、銃を持って現われたマスク男テリーの相棒で恋人のメグ。テリーがクイン殺害を果たせず、おまけに鼻に怪我を負ったのはシェイクのせいだと思いこんで、レストランもろともシェイクを亡き者にしようとしたのでした。
 レストランを失ったシェイクは、ベイビー・ジーザスの厳しい取り立てから逃れるため、命をねらわれているクインとともにメキシコ国境を越え、そこからクインの儲け話に乗せられてエジプトのカイロへと向かうのです。さて、その儲け話とは? そしてクインとシェイクは無事、追っ手から逃れられるでしょうか?

 いや、もう、あいかわらず変てこりんな人物のオンパレードで、それだけでごはん三杯はいけちゃいます。まずはなんといっても、謎の男クイン。とにかくおしゃべりで、若い頃の自慢話をやたらとするのですが、それがもう、どこまで信じていいのかわからない内容なんですよ。世界各地で法に抵触するような仕事をしていたというのですが、CIAの人間なのか、裏社会の人間なのか、どうもはっきりしません。うさんくさい感じをぷんぷんさせながらも、どこか憎めない、愛嬌たっぷりの人物です。
 強烈な個性というなら、シェイクに恨みを抱くメグも負けていません。冷酷で残忍な性格と、恋人テリーに対する一途な愛情とがペパーミント・パティみたいな風体のなかに同居しているのです。もうひとり、シェイクを執拗に追うFBI捜査官の女性イヴリンもなかなかです。なにしろ、ひとり勝手に突っ走ったあげく、休暇で行くなら文句ないだろうとばかりに、ベリーズに乗りこんじゃうんですから。同僚から注意されるも、まったく聞き入れず。けれども、なぜか手柄を立てたことになってしまうのが笑えます。それから、最初のほうにしか登場しませんが、シェイクのレストランでウェイトレスとして働く年配女性、イダバもいい味を出しています。シェイクにとってはベリーズの母のような存在で、なにかにつけて頼りになる人です。
 そしてそして、前作でシェイクが助けた運命の恋人、ジーナも儲け話にくわわり、シェイクとクインとともにカイロに向かいます。もうね、ジーナとシェイクの会話がしゃれていてすてきなんですよ。なんとかよりを戻そうと言い寄るシェイクに、気があるくせに冷たく突っぱねるジーナ。儲け話の進展も気になりますが、ふたりがいつまでこのプレイをつづけるのか、そっちも気になります。

 ところで、5月にはシェイクのシリーズの第3弾 “DOUBLE BARREL BLUFF” が出るもよう。あらすじをざざっと読んだところ、結婚してインディアナ州ブルーミントンに落ち着いているシェイクのもとをアルメニア人ギャングが訪れ、一味のボスであるアレクサンドラ・イランドリャン(そう、1作めに登場した、あの人ですよ!)を探してほしいと頼んでくるという話のようです。シェイクはアレクサンドラが最後に目撃された場所、カンボジアのシェムリアップに向かうのですが、そこでトラブルに巻きこまれ――。またまたエキセントリックな人たちがだまし、だまされという話になりそうで、いまから楽しみです。

東野さやか(ひがしの さやか)
沖縄で暮らしはじめて1年がたちました。ひたすらPCに向かう毎日で、埼玉にいたころと、あまり変わっていません。5月上旬に最新訳書、ローラ・チャイルズ『気むずかし屋にはクッキーを』(コージーブックス)が出ます。その他、ジョン・ハート『終わりなき道』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、ニック・ピゾラット『逃亡のガルヴェストン』(ハヤカワ・ミステリ)、ダーシー・ベル『ささやかな頼み』(ハヤカワ文庫HM)など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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