デレク・B・ミラー『砂漠の空から冷凍チキン』は、デビュー作『白夜の爺スナイパー』(ともに加藤洋子訳 集英社文庫)に続く2作目。前者はなんでも「第11回日本タイトルだけ大賞」という賞を受賞しているそうで、変わったタイトルの本であるということは公に認識されているわけですが、こんなふざけたタイトルであるにもかかわらず(というと失礼か……)、どちらの作品も実に読ませます。

 そんなわけで今回は「タイトルにだまされるな!」ということでこの2作品を紹介したいと思います。いずれも読者賞で票を得ている作品です。

 『白夜の爺スナイパー』は、妻と息子に先立たれた82歳のユダヤ系アメリカ人シェルドン・ホロヴィッツが、余生を孫娘夫婦と過ごすため、彼らの住むノルウェーに移住したところから始まります。海兵隊の狙撃手として朝鮮戦争に従軍したと当人は主張するも、亡くなった妻にも孫娘にもなかなか信じてもらえず、それどころか認知症の疑いすらかけられているような始末。

 あらゆることに一言物申さないと気が済まない偏屈老人のシェルドンですが、アパートメントの上階の住人のトラブルを知り、住人女性とその息子を助けるために部屋にかくまったところ、その女性の夫が殴り込んできて、あろうことかシェルドンの部屋で女性を殺してしまいます。シェルドンと子どもはクローゼットに隠れてその場を切り抜けますが、いつ子どもの父親に見つかるかわからないため、なるべく遠くへ逃げることを決意。ここから老人と子どもの逃避行が始まります。

 以降、シェルドンと子ども、孫娘夫婦、殺人を捜査する警察、子どもを奪い返そうとする父親(元コソボ解放軍)それぞれの視点で物語が展開していくのですが、とりわけシェルドンの描写においては、子どもとのやりとり、家族の記憶、そしてすでに世を去った友人たちの幻との対話の様子が丹念に描かれ、過去に失ってきたものに対するシェルドン自身の贖罪の意識が少しずつ明らかにされていきます。哀愁という言葉では済ますことのできない、老境の悲哀、諦念などの複雑な心境に心動かされつつ、子どもとの逃避行の末にシェルドンが辿り着いた先はどこだったのかが明らかになるラストまで一気読みの傑作です。

 続いて『砂漠の空から冷凍チキン』。三部構成となっている本作では、まず1991年、湾岸戦争時のイラクはサマーワ近くの検問所で、イギリス人ジャーナリストのベントンと、まだ従軍してまもない二等兵のアメリカ人アーウッドが出会うシーンから始まります。アーウッドベントンに向かって冗談半分で「サマーワでアイスクリームを買ってきてくれ」と言います。ジャーナリストとしてイラクに来て何ら収穫のなかったベントンはこの話に乗り、単身サマーワに入りますが、そこでイラク軍のヘリコプター爆撃に巻き込まれてしまいます。なんとか町を出て停戦ラインを目指すベントンですが、途中で一人の少女がうずくまっているのを見つけ、連れ帰ろうとします。アーウッドはアーウッドで、ベントンを軽率にサマーワに送り出したことを悔み、仲間の制止も聞かず停戦ラインを超えてベントンを助けに行きます。停戦ラインまで数十メートルというところで二人は出会い、少女も連れて戻ろうとしますが、イラク軍に阻まれ、少女はイラク軍大佐の手によって射殺されてしまいます。この一件によりアーウッドは非名誉除隊の扱いを受け、ベントンもイラクを離れることになります。ここまでが第一部。

 第二部はそれから22年後。イギリスの自宅にいたベントンは22年間まったく連絡すら取っていなかったアーウッドからの電話を取ります。そして、彼からすぐに見るように言われたシリア難民キャンプ爆撃の映像の中に、あの少女を見つけます。が、22年前に二人の目の前で射殺されたのだから、映像の中の少女があの少女であるわけがありません。そうと知りながらもアーウッドは、少女を救うためにイラクに来るようベントンを説得します。それに応じたベントンとアーウッド、二人の少女救出劇が第二部以降のメインストーリーになります。

 目の前で殺された少女の幻影を、22年後にたまたま見かけた動画の中に見いだし、生きているか死んでいるかもわからないその少女を救おうと無謀にも戦火に飛び込んでいく……というプロットは、冒険小説好きならいかにも食いつきそうな、いわゆるアガるプロットでしょう。しかし、様々なソースから伝えられる中東情勢、あるいは安田純平さんのこと……そういういろんな情報を見聞きしている私たちは、かの場所が、いわゆる英雄譚を安直に受け入れる場所でないことに気づいています。そんな私たちに向けて、国連や政府機関などに長年従事したという著者は、その経験を存分に駆使し、アーウッドベントンの個人的な作戦に巻き込まれる難民支援団体や赤十字のスタッフの現実と苦悩を織り込みつつ、リアリティのある物語を築き上げていきます。

 ともすれば重苦しい雰囲気になりがちなテーマですが、キャラクター造形のうまさといい第一作にも通底するユーモアのセンスといい、読み通すのにつらいとかきついとかいうことはまったくありません。友情、文化、家族、人としての正しさなど、さまざまな要素を抱えた作品なので、単に「おもしろかった!」とか「感動した!」とはなりにくいかもしれませんが、もっと多くの人に読んでほしい作品であり、作家だと思います。

 著者の第三作は『American by Day』というタイトルなのですが、第一作の原題が『Norwegian by Night』であることを考えると、なにか関連があるのかなと期待してしまいます(第一作で登場したシーグリッド警部に絡む話のようです)。ともあれ邦訳が待たれるところです。

 本連載も無事2年目を迎えることができました。これからも「読み逃してませんか~??」というタイトルに見合うよう、いろんな作品をご紹介できればと思っています。これからもよろしくお願いいたします。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。