さる3月2日、第23回名古屋読書会が開かれました。課題本はアンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』。アガサ・クリスティのオマージュにして数々の賞を総なめにした本作ですが、課題本決め段階でその兆しはすでに現れており、「乗るしかない、このビッグウェーブに」「それに私月イチでクリスティ講座やってるし、せっかくだから(世話人大矢博子氏:談)」という経緯があったとかなかったとか。開催告知から稀に見る速さで参加枠が埋まったあたり、本作への評価の高さが伺えますし、クリスティ講座受講生の方にもたくさんご参加いただきました。やったぜ。

 当日は東京創元社の担当編集者桑野さま、訳者の山田蘭先生をゲストとしてお招きし、たいそう盛り上げていただいたことです。誠にありがとうございました。

 余命わずかな名探偵、アティカス・ピュントに持ち込まれた事件は、「のどかな片田舎のおしゃべりおばさんが死んだ」という単純きわまりないもの。終活もやりたいピュントはまったく心惹かれませんが、やがて起こった第二の事件に出馬を決意。病身をおして捜査をするピュントのもと、村の人びとの複雑な関係や過去が解き明かされ、ついにピュントはつぶやきます――「いまや、すべてがはっきりとした」と。

 一方その頃。名探偵アティカス・ピュントシリーズ最新作『カササギ殺人事件』の原稿を読み終えた編集者スーザンは激怒していました。謎は魅力的でキャラ立ちは上々、でも解決編がまるっきり抜けている。これじゃ商品にならないし、何より事件の真相が気になる――やきもきするスーザンに舞い込んだのは、ピュントシリーズ作者であるアラン・コンウェイの突然の訃報。ショックを受けるスーザンは『カササギ殺人事件』の最終章を探しはじめますが、次第にコンウェイの過去が明らかになり、彼の死に不審なものを感じることになります。

 作中作ものにしてクリスティのオマージュ、さらに「名探偵最後の事件」でおまけに女性主人公サスペンス――というさまざまな要素が満載の本作。やはり最初の感想は構成に関するものが多く見受けられました。「作中作だってことは分かってたのについつい引き込まれて、スーザンと気持ちがシンクロした」「上巻がまるごと作中作で、下巻から編集者パートだから余計そうなる」「原書は一巻本なので、ほぼきっちり半分で転換しますね」「ということはこの気分が味わえるのは日本だけ……!?」などなど。担当の桑野さまからは「アンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』とアラン・コンウェイの『カササギ殺人事件』で扉を揃えたり、いろいろな企みができて楽しかった」とコメントをいただきました(何のことかわからないという方は、上巻を最初のページから丹念に見ていってください)。

 作中作については基本的に評価が高く、「一見のどかな田舎町のドロドロがクリスティっぽい!」「作者はホームズパスティーシュ(『絹の家』『モリアーティ』)も書いてるし、芸達者だなー」という感想が出たのもうなずけます。「ピュントシリーズもっと読みたい!」という感想もありましたが、「本当にそういう問い合わせがありました」とのことで、やっぱりみんな思うことは同じなんだなあ、とも思います。それらの一方で、「クリスティっぽいユーモアは薄いので、物足りなさを感じた」という意見もありました。さすがクリスティ講座受講生、真面目だ……!

 スーザンが『カササギ殺人事件』最終章紛失事件とコンウェイ不審死事件に挑む後半パートに関しては、「とっととピュントの続き読ませろって思った」「展開上仕方ないんだけどスーザン考えなしで動きすぎる……」となかなか辛辣。ただ「コテコテのクリスティオマージュと火サス展開が一作にきちんまとまっててお得」「実は嫌なやつだったことが分かるコンウェイのキャラ立ちがすごい、もう死んでるくせに」という意見もあり、コンウェイの秘密に迫る展開上、どうしてもスーザンより彼の印象が強くなってしまうのは仕方がないことだったのかもしれません。

 コンウェイが実はミステリに思い入れがなく、本当は純文学を志向していたことが判明する展開は「自分が本当にやりたかったことはまったく評価されなくて、適当に書き飛ばしたものは大人気というのはなんか来るものがある」という意見がありました。もっとも肝心のコンウェイが書きたかった純文学小説については、引用パートは「つまらない」「何これ」「駄目な『意識の流れ』って感じ」と散々。訳者の山田先生曰く「本当につまらないので、つまらなさが分かるようにちゃんとつまらなく訳しました」ということで、翻訳者の腕が遺憾なく発揮されたパートといえましょう。コンウェイのキャラでいうと、「経歴が作者ホロヴィッツのものと重なるところがある」という指摘もあり、「そう考えるとホロヴィッツもミステリに対しては愛憎半ばするものが……?」と邪推する一幕もあったことです。

 全体的には楽しめた向きがほとんどで、読書会からは前後しましたが、翻訳ミステリー大賞や翻訳ミステリー読者賞のダブル受賞もうなずけます。まさに、初心者からスレたミステリファンまで楽しめる作品だったのではないでしょうか。

 次におすすめの作品としては、本家クリスティが満を持して放った「名探偵最後の事件」こと『カーテン』、クリスティオマージュ作としてギルバート・アデア『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』に平岩弓枝『「御宿かわせみ」ミステリ傑作選』、ランキングで本作に隠れてことごとく2位に甘んじたピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』などが挙げられました。

 そんなこんなで、平成最後の名古屋読書会はおひらきと相成ったのでした。さらば平成、さらば名探偵。

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)
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ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、『ハヤカワ文庫SF総解説』(早川書房)に執筆参加。《SFマガジン》DVDコーナーレビュー担当。名古屋SFシンポジウムスタッフ。名古屋市在住。

ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

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