全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 今回は、4月に行われた翻訳ミステリー大賞授賞式コンベンションの各社対抗ビブリオバトルで紹介され、その説明だけで「おお! これは絶対に読まなければ!」と首を長くして待っていたニクラス・ナット・オ・ダーグ『1793』(ヘレンハルメ美穂訳/小学館)をご紹介します。“荒くれ帰還兵と余命わずかなインテリ法律家のバディミステリ”って言われちゃあ、期待しかないですよね!? スウェーデン推理作家アカデミー新人賞をはじめ、複数の賞を受賞したベストセラーの本書。読み終わって、なるほどこれは確かにものすごい熱量を持った渾身の力作です!

 フランス革命勃発から4年後、国王グスタフ3世が暗殺された翌年の1793年のストックホルムが舞台。無意味な戦争のせいで国は荒廃し、人々は貧しさから酒に溺れて暴力を振るい、警察は汚職にまみれ、放置された汚物の山が多くの場所で悪臭を放っていました。風紀取締隊の所属で通称“引っ立て屋”と呼ばれているジャン・ミカエル・カルデルは、ある日湖で男性の変死体を発見します。両手両足が切断され頭部と胴体だけが残った遺体からは、眼球と舌と歯までもが取り除かれており、身元が確認できる唯一の遺留品は流れるように美しい金髪だけでした。

 かつて経験したこともない異常な事件に直面した警視総監ノルリーンは、大学時代の友人で元法律家のセーシル・ヴィンゲに捜査を依頼します。実はノルリーンは優秀であるがゆえに腐敗政治の陰謀にまきこまれ、任期の終わりが間近に迫っていたのです。後任と目される人物がその職についたが最後、市民の安全はおろか、警察内の汚職や横暴に歯止めがかからないことは火を見るよりも明らか。自分が権限を持っているわずかな期間内になんとかこの事件を解決したいノルリーンですが、ヴィンゲの方にもタイムリミットが迫っていました。彼は肺結核を患っており、医者から宣告された余命はすでに一ヶ月前に過ぎていたのです。

 かつて健康だったころのヴィンゲは、誰もが認める理想主義者であり、なおかつ真実を追求するためなら徹底してどんな犠牲も払うような優れた法律家でした。ノルリーンから捜査の権限を与えらえたヴィンゲは発見者のカルデルを遺体置場に連れて行き、ある質問をします。戦争で左腕を失い義肢を使っているカルデルの見立てによると、遺体の胴体に残された切断箇所の状態から、なんと被害者の四肢は存命中に切断されていたことが判明したのです。

 わずか35ページでこんなにも衝撃的な事実が発覚! しかしそれにとどまらず、事件の真相が浮かび上がっていくにつれ、最近ではピエール・ルメートルで慣れたはず(?)の読者でもビビってしまいそうなほど、予想外のゴア・グロ展開が待ち構えているのです! えー、ちょっとそれ苦手なんだけど……と思われる方も多いかと思いますが、そこをなんとか切り抜けてしまえば、解決編になる第四部には、この連載的オススメポイントが満載なのですよ! 

 なるべく新鮮な衝撃(?)を受けていただきたいこともあり、内容紹介もそこそこに先走ってしまいましたが、ここでいったん落ち着いて主役の二人のプロフィールをご紹介しましょう。

 まずはヴィンゲ。服の型は流行遅れでやや古ぼけてはいるものの、常にきちんとした正装を好み、“黒い外套は腰のところが細く、裾は馬の毛で張りをもたせてあり、襟は高い。漆黒の髪は長く、赤い紐を使ってうなじでひとつに結んである。肌はあまりにも白く、まるで内側から光を放っているかのようだ”(原文ママ)。もともと線の細いタイプだったのが、病気のせいで不自然なほどに痩せてしまい、30歳という実年齢より老けて見えるとあります。
 一方のカルデルは、肩幅はヴィンゲの二倍ほど。“軍人上がりのたくましい背中のせいで外套がきつく、不恰好なしわができている。足は丸太のようだし、右の拳は頑健かつ巨大だ。大きく横に張り出した耳は、何度も殴られたせいで腫れて硬くなり、すっかり変形している”(原文ママ)。喧嘩っ早いせいで顔は傷跡だらけ。戦争中に左腕を失くし、木の義腕を付けています。

 頭はいいけれど死を目前にして厭世的になりがちなインテリと、口は悪いが意外に正義感が強いこわもての元軍人の王道バディミステリ。口喧嘩をしたり、互いの能力に感心したりしながら、未曾有の猟奇事件の謎を解いていきます。

 二人の会話の場面はどれもこれも期待以上のやりとりが交わされるのですが、中でも二人の性格が如実に表れているセリフを二ヶ所引用したいと思います。

〈ヴィンゲ=ツンデレ〉
「これからやってくる試練を乗り越えるうえで、たがいの強みと弱みを知っていたほうがいいと思ったからだ。それ以上に大切なことはなにもない。慰めの言葉は不要だ。ジャン・ミカエル、ぼくの友人になってはいけない。時間がなさすぎる。わざわざ友人になったところで、引き換えに得られるのは悲しみだけだ」

〈カルデル=熱血漢〉
「ちくしょう、セーシル・ヴィンゲ、おまえらしくないぞ。働きざかりの男が、ちょっとの咳でこんなにあっさり負けちまうなんて。同情でもしてほしいのか? けっ、騙されるもんか。健康そのものじゃないか」

 どうですか皆様! これ以外にも全編にわたって素敵フレーズがちりばめられているので、ゴア描写に負けずにぜひお読みくださいね! ちなみにこの二人のコンビ以外にも、ヴィンゲとノルリーンの会話、カルデルと戦友のエピソードもご期待ください!

 そんな腐要素はもちろん、物語の面白さもさることながら、本書は他にもたくさん読みどころがあるのです。他のスウェーデンミステリにカタカナで出てきた地名が漢字で説明してあって(セーデルマルム島=南郊島、ロングホルメン=長島など)大変興味深いですし、訳者あとがきも必読ですよ! 日本ではあまり知られていない18世紀後半の北欧の歴史と舞台背景が簡潔にまとめられており、本書を理解する上で非常に助けになるのですが、フランス革命(1789年)との関係でフォン・フェルゼン伯爵が言及されていて、ベルばらファンとしてがぜん興奮!(笑)そういうことだったのか~とベルばら10巻本編最終巻の流れを思い出しましたが、他にも本文中に「あれ? もしかしてこれ、ベルばらのあの場面で出てきたアレ?」というシーンが見つかったので、ファンの方はぜひ確認されますよう。


『1793』は当時実在した高名な警視総監ノルリーンに著者が興味を持ったことから書かれたそうですが、腐敗政治や権力者の告発を描くには、現在に近ければ近いほどハードルが高いはず。にもかかわらず、韓国映画では近年『弁護人』『タクシー運転手』『1987、ある闘いの真実』といった実際の事件を描いた骨太のすぐれた社会派作品を次々と作り出しています。今回ご紹介する7月19日(金)公開『工作 黒金星ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男』は、1992年に元韓国軍の少佐が北朝鮮に工作員として潜入した実話を基にした驚愕のスパイ・サスペンスです。



 北朝鮮の核開発の実態を探るよう、国家安全企画部チェ室長(チョ・ジヌン)から指令を受けたパク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は、実業家に扮し、北京に駐在する北朝鮮対外経済委員会リ所長(イ・ソンミン)と単身で接触します。会合の場には軍人である国家安全保衡部チョン課長(チュ・ジフン)も同席し、パクを威嚇して正体を見破ろうとします。命の危険を感じながらも着々と任務を遂行し、数年かけてついに敵のふところに飛び込んだパクに、ある日衝撃的なニュースが知らされます。


 スパイ映画というとどうしても派手な展開を思い浮かべてしまいますが、この映画は静かな頭脳戦というか、したたかな男たちの腹の探り合いが見所になっています。筆者もファン・ジョンミンが主人公のスパイ物と聞いて、痛快なアクション作品を想像していたのですが、意外なことにそういうシーンはほぼありません。ですが、国の運命を一人で背負わざるをえなかった男たちの息詰まるようなセリフのやりとりが、銃撃戦に匹敵するほど危険な緊張感を感じさせ、諜報ものとしての醍醐味がたっぷりと味わえます。そしてさらに本作では、一歩間違えば死に直結する敵と味方の騙し合いが続く中に、なんと一縷の希望を見せてくれるのです。各自主役を張れるメイン4人の演技だけでも満足度は200%。『悪いやつら』(超オススメ!)の監督ユン・ジョンビンによる重量級の諜報戦、誰もが驚く予想外のラストをどうぞご期待ください。

『工作 黒金星ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男』クレジット

タイトル:『工作 黒金星ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男』
監督:ユン・ジョンビン(『群盗』、『悪いやつら』)
出演:ファン・ジョンミン 『哭声/コクソン』、『アシュラ』、
 イ・ソンミン『目撃者』、「ミセンー未生ー」
 チョ・ジヌン『お嬢さん』
 チュ・ジフン『神と共に』2部作、netflix「キングダム」、『アシュラ』

原題:공작 /2018/韓国/カラー/137分
提供:ツイン・Hulu
配給:ツイン
コピーライト:© 2018 CJ ENM CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

公開表記〉:7月19日(金)シネマート新宿ほか全国ロードショー

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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