全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 この原稿が載るころには、7月27日に行われた名古屋読書会の興奮冷めやらぬ感想がSNS上で大量に交わされていることでしょう……行きたかったあああ!!(泣)
 というわけで今回は、ローズ・ピアシー『わが愛しのホームズ』(柿沼瑛子訳/新書館 モノクローム・ロマンス文庫)のパーソナル妄想読書会を開催したいと思います。

 本書はワトソン博士による未発表原稿という設定になっており、添付されていた覚え書きで幕を開けます。

わたしはこの箱におさめられた原稿のうち、その最初の事件が起こった年から(一八八七年)百年が経過するまで開封されることなく、読まれることなく、また出版されることのないことを強く望むものである。

 このあと、時がたち本書の内容が世に出ても問題のない時代が来ることを強く望む、というワトソンの祈りを込めた一文が続きます。はたしてその内容とは何だったのでしょうか。

 本書はふたつのエピソードで構成されています。ひとつめの『極秘捜査』は、教養があり身なりも立派な婦人が221bを訪れ、同居している女性の突然の失踪について捜査を依頼するというもの。ホームズは彼女に届いた手紙や遺留品から、失踪の真相とその裏に隠された秘密を解き明かすのですが、彼の名推理と同時に、ホームズに対するワトソンの思慕の情がそれはもう痛々しいほどに描かれるのです。ガイ・リッチー監督の映画『シャーロック・ホームズ』二作や、ジョニー・リー・ミラー主演のTVシリーズ『エレメンタリー』、ベネディクト・カンバーバッチ主演のBBCドラマ『SHERLOCK シャーロック』など、近年のホームズ案件では明らかにホームズ側のツンデレ描写がメインとなっていましたが(?)、本書は徹頭徹尾ホームズ命のワトソン目線。彼の直球の片思い描写にグッと心をつかまれること請け合いです。

 もう一つのエピソードはずばり『最後の事件』。皆様ご存じの、ライヘンバッハの滝におけるモリアーティ教授との死闘が待ち構えています。ストーリー運びはほぼ聖典に忠実なのですが、こちらもワトソンのホームズへの報われない思いがメインになっているため、ワトソンの心配度は五割り増し。にもかかわらずあの失態(誰がどう考えてもウソに決まってんじゃん! と心の中で叫ばずにはいられないアレのことです)をやらかすので、聖典よりさらに残念に思えて、その先を知っている読者としては大変ジリジリします。

 そして本書における最も重要な読みどころは、ワトソンのモリアーティに対する嫉妬心でしょう!

 わたしはこれほどまでにホームズの心を魅了してやまないモリアーティ教授に、突き刺すような嫉妬を感じずにはいられなかった。

 ここ何ヶ月にもわたってわたしは彼のことばかり考えてきたのに、そのあいだ彼の心はモリアーティ教授の上にあったのだ。

 ……その気持ちはわからないでもないんですけど、腐女子じゃなくても、「だからー! ホームズは命がけであなたをモリアーティから守ってるんだってば!」って、言いたくなりません?(笑)

 そうそう、忘れてはならないことがもうひとつ。この章で要チェックなのは旅行の様子です。ワトソン先生、なんだかんだ言いながら二人で旅行できたのをすごく楽しんでるんですよ~。これにはある理由で妻メアリも関連しているので、気になった方はぜひ本書を読んでみてくださいね!

柿沼先生があとがきで触れられていますが、本書にはオスカー・ワイルドの恋人アルフレッド・ダグラスがちらりと出てきます。1997年の英国映画『オスカー・ワイルド』ではワイルド役がスティーヴン・フライ、ダグラス役はジュード・ロウだったのですが、のちのリッチー版ホームズ映画で前者がマイクロフト、後者がワトソンを演じていて、不思議なつながりを感じました。


 さて、本書の最後の方で、くったくなく笑いあう若い恋人たちを見てワトソンがうらやむ場面があるのですが、このふたりが金髪と黒髪というまさにドリーミーなカップリング。そんな二人が仲良く楽しく過ごすならともかく、今回ご紹介する映画『永遠に僕のもの』(8月16日公開)は、ティツィアーノが描く天使のような美少年がワイルドな同級生を愛したことから始まる、すさまじく情熱的で一度観たら忘れられない魔性のピカレスクロマンです。



 1971年、ブエノスアイレス。天使のような笑顔と退廃的なエロティシズムを持ちあわす17歳のカルリートス(ロレンソ・フェロ)は罪の意識をまったく持たず、息を吸うように嘘をつき、窃盗などを繰りかえしていました。ある日彼は学校で、運命を変える相手ラモン(チノ・ダリン)と出会ってしまいます。彼とは正反対の野性的な魅力を持ったラモンは、カルリートスをさらなる悪の道に引きずりこもうとするのですが……。


 この恐るべき物語はなんと実話を元にしており、カルリートスにはモデルがいます。「黒い天使」と呼ばれた実在の犯罪者、カルロス・ロブレド・プッチです。彼は1971年に20歳で逮捕されるまで、強盗、殺人、誘拐など複数の罪を犯し、現在もアルゼンチンの刑務所で服役中だそうです。ルイス・オルテガ監督は彼の半生をそのまま描くのではなく、あくまでもインスパイアされた作品としてこの映画を作り上げたとのこと。ペドロ・アルモドバルがプロデューサーを務めている本作は、驚くべき楽曲の使い方と目の覚めるような色の洪水で、あっという間に2時間が過ぎてしまうのですが、主役二人の強烈な印象は観終わったあとも当分のあいだ薄れないことでしょう。この夏はぜひ南米の美しき毒にあてられてください。

【公式】『永遠に僕のもの』8.16(金)公開/本予告


タイトル◆永遠に僕のもの
公開表記◆8月16日(金)渋谷シネクイント、
     ヒューマントラストシネマ有楽町、
     新宿武蔵野館他全国順次ロードショー
コピーライト◆ ©2018 CAPITAL INTELECTUAL S.A / UNDERGROUND PRODUCCIONES / EL DESEO
配給:ギャガ

監督:ルイス・オルデガ
プロデュース:ペドロ・アルモドバル、アグスティン・アルモドバル、ハビエル・ブリア『人生スイッチ』
出演:ロレンソ・フェロ、チノダリン、ダニエル・ファネゴ、セシリア・ロス『オール・アバウト・マイ・マザー』
配給:ギャガ 宣伝:スキップ、フラッグ
公式サイトhttps://gaga.ne.jp/eiennibokunomono
原題EL ANGEL/ 2018年/アルゼンチン、スペイン/カラー/ビスタ/5.1ch/115分/字幕翻訳:原田りえ/映倫:R15

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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