暑中〜お見舞い申し上げ〜ます〜(あの節で)。
 とけそうに暑い夏がやってきました。かき氷がおいしい季節ですね。みなさまいかがおすごしですか?
 来年の今ごろは東京オリンピックなのか〜と思うと、時間が経つのが早すぎて気が遠くなりそうです。この時期、テレビでは「激しい運動は控えましょう」と言っているのに、ほんとうに大丈夫なのかなあ……。
 七月はけっこう本をたくさん読んだのですが、日記は凝縮して四冊。そのぶん熱量は高め(のはず)です。

 

■7月×日
 ジェフリー・ディーヴァー絶賛の『喪失のブルース』につづくシーナ・カマルのシリーズ二作目は『鎮魂のデトロイト』。地名がはいってるタイトルって、イメージがふくらむし、なんかかっこいいよね。

 十五年まえのある出来事がもとで、人や社会とのつながりを持たずに孤独に生きてきたヒロインのノラ・ワッツ。カナダのバンクーバーで探偵事務所の地下室に住み、探偵助手のような仕事をしていた彼女が、避けてきた十五年まえの出来事と向き合わざるをえない状況になる、というのが一作目の内容で、二作目から読んでもなんとなくわかるようにはなっているけど、まだの方はぜひ一作目から読むことをお勧めします。あるいは、訳者あとがきにもあるとおり、本書を読んでから『喪失のブルース』を読むのもアリかもしれません。むしろ、読みたくなるはずです。

 二作目ではわけあって探偵事務所を辞め、かつてのボスであるセブと暮らしているノラ。ある日彼女のまえに見知らぬ老人が現れ、幼いころに死んだ父について謎めいたことばを残す。ノラの父は三十年まえに拳銃自殺していた。そのまえに母親も幼い娘ふたり(ノラと妹のローレライ)を残して失踪しており、それを苦にして自殺したと思われていたが、父の故郷であるデトロイトでかつての父を知る人たちから話を聞くうちに、母についても意外な事実を知ることになる。

 ノラ同様、両親の運命もドラマチックで、それを娘のノラがひとつひとつ明らかにしていく過程は私立探偵小説そのもの。人嫌いのように見えて、実はノラって人の心のなかにはいっていくのがうまいのね。ノラの知人で元刑事のブラズーカのカナダでの活躍も見逃せません。

 前作ではノラがあまりにも痛々しくて(痛い目にあいすぎていて)、なんとなく初期のリスベット・サランデルを重ね合わせていたけど、ノラのほうがもうちょっとソフトかな。むしろよりしたたかになったようで、読んでいてそれほどハラハラせずにすんだ。あと、母親が超美人だったということで、ノラもかなり美人らしいということが二作目にしてわかった。一作目を読んだとき、気づいてなかっただけかもしれないけど……ごめんね、ノラ。ブルースを歌わせたらなかなかのものだし、相手のうそを見抜くことができるという特技(?)もあるんだから、もうちょっとうまく世の中をわたっていけそうなものだけど、不器用なところが彼女の魅力でもある。あんまり女子っぽいところを見せないノラが、コーンブレッドをわしわし食べるシーンがあって、想像するとなんだかかわいい。

 このシリーズ、実は三部作で、完結編となる三作目は二〇二〇年刊行だという。一作目、二作目ともに家族がテーマになっているが、ノラとローレライの関係にもまだ謎があるような気がする。三作目で解明されるのだろうか。

 ノラもそうだが、中国、韓国、ソマリアなどさまざまなルーツを持つ登場人物たちがいて、カナダが移民大国であることをあらためて感じた。

 

■7月×日
 これまたタイトルの響きがかっこいい『ディオゲネス変奏曲』は、『13・67』の陳浩基による自選短篇集。樽のなかで暮らしたと言われる古代ギリシャの哲学者ディオゲネスのように、静かに思索にひたる〝ディオゲネス状態〟から創りだした短篇で構成されているそうで、組曲の形になっているのがまたオシャレです。『13・67』の翻訳者である故・天野健太郎氏に捧げられています。

 バラエティに富んだ作品集で、どれを読んでもびっくりするほどおもしろかった。そのバラエティの幅も、サスペンス、ホラー、密室、SF、ファンタジーととんでもなく広くて飽きさせないし、作品ごとにBGMが提案されているのもオツ(著者あとがき参照)。まさにミステリの宝箱!

 ブログをまめに更新する人に危険が迫る(これ、わたしも常々危険だと思っていました。海老蔵さん、気をつけて!)「藍を見つめる藍」は、ひねりがきいていて、こうくるか、と思ったし、作家志望の青年が、推理小説作家になるならまず人を殺さないと(!)、と編集者にアドバイスされる密室ものの「作家デビュー殺人事件」は、シンプルな構造ながらオチが軽やか。大学の講義室が舞台の「見えないX」も読み応えあり。名前が使われている倖田來未さんとmisonoさんの感想が聞きたいところだわ。そういえばジャイアンやガリレオも日本由来だよね。そんなふうに細かいところで日本人読者の心をくすぐる演出も。
「悪魔団殺(怪)人事件」の悪魔団は、独立局中心に放送された番組で恐縮だが、「乾杯戦士アフターⅤ(ファイブ)」(戦隊ヒーローもののパロディで、戦いの後の打ち上げをメインに描く)に出てくる悪の組織(総裁が戦闘員とともに居酒屋で働いている)とかぶって(個人の感想です)、もうおかしすぎて……。もしかして陳さん、あの番組を見ていたのでは? でも野菜から怪人を作る技はすごい(そこかよ!)。

 三篇登場する短い習作は、まだアイディアだけのメモみたいな感じで、ここからふくらませていくんだろうな、と思いながら読むと、編集者になったような気分になれます(別になりたくない?)。ほかに、O・ヘンリー作品のような「時は金なり」や、心温まる「サンタクロース殺し」も捨てがたい。ダークな内容の作品を含め、どれも読後感がやけに爽快なのが不思議。エンタメに徹しているところがいいのかも。

 変奏していく主題を楽しみつつも、トリックなどは複雑すぎないものが多いし、とにかく楽しいので、ミステリ初心者にもぜひお勧めしたい作品集です。

 

■7月×日
 たしかに読んだのに、内容をほとんど覚えていない本がある。読んだ気がするだけで、内容をまったく覚えていない本がある。読んだことさえ忘れている本がある。いや、さすがにそれは「ごはんを食べたのに、食べたことを忘れている」のと同じだからまずいだろう。まだ読んだことがなかったのよ、きっとそうよ、と思いながら、ダシール・ハメットの『血の収穫』(新訳版)を読んだ。言わずと知れた〝ハードボイルドの始祖による傑作長編〟だから、読んでないと恥ずかしいということで、読んだつもりになっていたのでしょう。とまあ、言い訳はここまで。ハメットさんの記念すべき長編第一作であり、サム・スペードものと並ぶコンティネンタル・オプものの最初の長編です。でも、オプものの長編はこれと『デイン家の呪い』だけなのね。そんなことも知らんのかい、と怒らないで〜(汗)

 コンティネンタル探偵社サンフランシスコ支社から調査員の「私」がポイズンヴィルと呼ばれるパーソンヴィルにやってきた晩、依頼人である新聞社社長ドナルド・ウィルソンが何者かに射殺される。犯人はすぐに判明したが、ドナルドの父で町の権力者のエリヒュー・ウィルソンは、町にのさばるギャングや悪徳警官に頭を悩ませていた。そんなエリヒューの依頼を受け、「私」はそれぞれのボス同士を戦わせて悪を一掃する計画を立てる。こう書くとやけにシンプルな筋だけど、人によって呼び方がちがう人が複数いたりして、登場人物を把握するまでちょっと苦労した。

「ポイズンヴィルはよく熟れている。収穫してもいい頃だ」なんてセリフがさまになるコンティネンタル・オプこと名無しのオプは、コンティネンタル探偵社サンフランシスコ支社の調査員(オプ)としか名乗らない。でも、一人称小説のせいか、名前がなくてもほとんど支障はないし、ないこと自体まったく気にならない。それだけでもなんだかすごく画期的なことのような気がした。淡々とした語り口は、感情を無理に排したというより、そのほうが自然だからそうしているという感じで、ハードボイルドと聞くと身構えてしまうわたしでも、すんなりストーリーを追うことができた。でも、殴られて昏倒、または酩酊して意識を失った探偵が気づくとそこには……という展開はたしかにハードボイルドあるあるかも。オプが目覚めてあちゃー(とは言わない。ハードボイルドだから)なシーンのあと、一気に話がスピードアップしてさらにおもしろくなったのは言うまでもない。

 それにしてもダイナ・ブランドが買った「男たちがびっくりしてみんなやぶにらみになるような服」ってどんな服だろう? 気になります。

 

■7月×日
 今年のコンベンションの出版社対抗イチ推し本バトルで概要を聞き、迷わず手を挙げたのがニクラス・ナット・オ・ダークの『1793』だった。十八世紀スウェーデン、グスタフ三世暗殺、と聞いて、わたしの宝塚脳がビビッと反応したのだ。数年まえ、宝塚歌劇団宙組により、グスタフ三世の即位から仮面舞踏会で暗殺されるまでを描いたミュージカル「白夜の誓い——グスタフⅢ世、誇り高き王の戦い——」が上演されていたから。フランス革命を民衆の側から描いたフレンチ・ミュージカル「1789——バスティーユの恋人たち——」もやはり数年まえに月組が上演しており、タイトルや時代が似ていたことも要因かもしれない。しかし、宝塚がお届けするのはつねにキラキラでかぐわしく美しい世界。『1793』のスウェーデンは、それとは似ても似つかない、不潔で爛れた不正のはびこる酔っ払いだらけの世界。その差があまりにもすごくて衝撃的だった。まあ、ある程度覚悟はしていたけど。

 一七九三年の秋、四肢を切断され、両の目玉をくりぬかれ、舌を切り取られた男の死体が湖から引きあげられる。法律家のセーシル・ヴィンゲは、警視総監のたのみで事件を捜査することになり、死体を引き上げた引っ立て屋(警察の下働きのような職業)のミッケル・カルデルを相棒に選ぶ。肺結核を患っているため色白で線が細く、不自然なほどやせているインテリのヴィンゲと、ロシア・スウェーデン戦争で左腕を失い、木の義腕をつけているものの、たくましい肉体派の元軍人カルデル。真逆のふたりだが、お互いに足りないものを補い合いながらひとつの目標に向かっていく姿は理想のバディだ。あくまでも犯罪者に寄り添い、理解しようとするヴィンゲの姿勢は、当時のスウェーデンの警察や司法では異端なのだが、腐敗した社会でただひとり戦おうとする熱意がすごい。そんなヴィンゲが心配でしかたがないカルデルの無骨なやさしさにもぐっとくる。

 あまりにおぞましい描写が多く、慣れるまではちょっとつらかったけど、いろんなものがつながっていく後半を読むころにはいい感じに慣れてきて、物語の力にぐいぐい引っ張られていた。

 南郊(セーデルマルム)島や王宮坂(スロッツバッケン)のように、場所のなまえを日本語にして原語のルビが振られているのも、時代を感じさせてすごくいい。スルッセンは「水門」だったのか!とかわかって興味深かった。

 ちなみに、古い家柄の貴族だというニクラスさん、『幸せなひとりぼっち』のフレドリック・バックマンとはお友だちで、一足早く作家になった彼に背中を押されて作家を目指したそうです。

 宝塚の「白夜の誓い」は、当時宙組に贔屓がいたのでたしか五回は見たはず。グスタフ三世と暗殺犯のアンカーストレムが幼なじみというトンチキな設定ではあったけど、グスタフが暗殺される仮面舞踏会のシーンは全員デザインのちがう金色の宮廷服とドレスできらびやかだったなあ……。全編ダンスで構成されたスヴェンスクスンドの海戦シーンも圧巻でした。あの兵士のなかにカルデルがいたなんて胸熱。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はリンゼイ・サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第六弾『忘れえぬ夜を抱いて』。この夏はお菓子探偵ハンナとすごします!

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