みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。
 本日は韓国ジャンル小説界でもホットな話題となっている作品をご紹介。すでに「ミステリマガジン」(2012年2月号)を通じて日本でもその名が知られ、こちらのコーナーにも既出の女流社会派推理小説家、ソン・シウの作品がついにドラマ化! 今月18日より放映開始! 主人公はアノ有名女優! というわけで、原作となった小説『走る調査官』をザックリと解説いたします。


 こちらの作品の舞台となっているのは、国民の人権を守るために設立された「人権増進委員会」(以下「人権委」)という国の独立機関(あとがきによると、機関の名称はフィクションながら、その役割や機能は最大限、実際に存在する機関の活動を参考にしたとのこと)。公的機関を監視、調査する力を有する機関で、そこに持ち込まれる数々の事件をめぐり、人権が侵害されたと訴えてくる陳情者と訴えられた被陳情者、さらにはほかの行政機関や司法機関、警察などの間でがんじがらめになること必至、否応なしに事件に巻き込まれること必至な「調査官」たちが主人公というわけです。
 さて、収録されている五つの中短編作品たちはこんな感じ。

■「見えない人」
 陳情者は一流自動車会社に勤めるジヘ。労働組合の幹部ウニュルからセクハラや暴力を受けたと、自らメディアにリークした。事件を担当する(ドラマの主人公でもある)調査官、ユンソが二人に聞き取り調査を行うが、双方の言い分がまったくかみ合わない。セクハラ事件が起きたのは、同僚であるユノの葬儀の日。ほんの遊び心からとった行動のせいで、大統領に対する名誉棄損の罪に問われたユノは、神経衰弱の状態に陥り自ら命を断ったのだ。常に女を小バカにしたような態度のウニュルから、ジヘの訴えだけを鵜呑みにしていると責められたユンソは、セクハラが行われたユノの葬儀当日の二人の行動についてはもちろん、ユノが自殺するに至った経緯についての調査にも着手する。そこには、陳情者と被陳情者の証言だけでは、把握しきれない事実が隠されていた。

 ……余談ですが、(おそらくドラマでは触れられていないでしょうが)ユンソは重度のアトピー性皮膚炎に悩まされており、その描写がまた妙にリアル(軽度のアトピー、重度の手湿疹経験者のワタシ)。ここぞというときに搔きむしりたくなっちゃったりして、切ないやらおかしいやら。そのカユカユ感がまた、彼女の焦りや苛立ちを如実に表しているのではないかと思われます。……次の作品。

■「下水溝と花」
 陳情者は前科モノのギス。昨年発生した連続強盗の嫌疑をかけられ、白昼、公衆の面前で取り押さえられるという侮辱的な扱いを受け、人権侵害を被ったと人権委を訪れる。彼を逮捕したク刑事は、大捕物にならざるを得なかった状況を主張するも、なぜか逮捕時に関する証言が二転三転する。
 一方、人権委の弁護士ジフンのもとには、法律事務所に勤めるオ弁護士からの依頼が舞い込む。昨年発生した(あ、カラクリがバレそう…)殺人事件に関するもので、被害者は主婦。夫婦げんかの後に家を飛び出し、明け方に帰宅した夫が妻の死体を発見し警察に通報した。夫は駆けつけた警官に対し、頑なに「強盗の仕業に違いない」と主張するが、彼の言動に不信感を抱いた警察は、その後の調査を通じ、夫を容疑者として検挙する。ところが、下された判決は無罪。彼はいったい、何を隠そうとしていたのか。

■「鏡の汚れ」
 若者たちのホームパーティーで殺人事件が発生する。マンションの廊下で若者同士が争っているとの通報を受け、警官二人が駆けつけた。警官の誘導で部屋に戻った若者たちは再び争い始めるが、そのとき突然、ドンニョンが倒れる。警官がテイザーガンを発砲したのだ。調査官は現場にいた若者4人と警官2人に聞き取り調査を行うが、誰もが口にしたのは、発砲直前に台所から破裂音が聞こえ、一瞬そちらに目が奪われたということ。発砲した刑事は意図した発砲ではなく、思わぬ暴発だったと主張するが、それぞれの証言が異なり、ドンニョンを狙って撃っていたという証言も得られる。特殊な状況下に置かれたとき、人の記憶はどれほど正確さを保てるのか。批判も多く聞かれる、警官によるテイザーガンの使用についても疑問を投げかける作品。

■「青い十字架を追った男」
 陳情者は、拘置所に収監されている連続殺人犯チョルス。末期がんであることが判明し、家族のもとで死にたいと、刑執行停止の申請を要求する。面会に向かった調査官ホンテに、チョルスは一つの交換条件を提示する。チョルスに殺害された被害者の中に、家出少女と推測される身元不明の少女の遺体と、遺体が発見されていないハソンという少女がいた。チョルスは、刑執行停止の申請許可と引き換えに、身元不明の少女の身元か、ハソンの遺体の在処を明かすという。ホンテの選択はいかに。
 トゥゴル(ガイコツを表す単語と同音)村の赤い屋根の家に住む老婆、青い十字架、そして「ヒト1人は入れそうな」塩甕に、捨てられた墓。収録作品中、唯一、もの悲しいホラーテイストに描かれた物語で、とってもワタシごのみな作品でございます。

■「山犬のジレンマ」
 拘置所に収監されていた受刑者キム・ハクチョンが自殺した。着衣には「おれはころしてない かねをくれといっただけ スングもむじつ」と遺書が記されていた。
 強盗殺人の容疑をかけられていたハクチョンは、友人のスングが、バイト代の未払いをめぐってバイト先の店長と争った末、二人で共謀して店長を殺害したとされ、懲役15年の刑の宣告を受けたばかりだった。兄ハクホがハクチョンの葬儀を終え、兄弟二人で暮らしていたアパートに戻ると、隣接した部屋に住む女性が顔を出し、事件が起こったその日、その時刻に、ハクチョンは家にいたと告げる。調査により、自白が強要されたものであったことが判明するが、では真犯人は誰なのか。知的能力が境界域にある者が、殺人事件の被告として事件に巻き込まれる恐ろしさを描いた中編小説。
 日本でもつい先日、自白の強要が話題になったことがありましたが、他人事ではない……なんてことにも気づかせてくれる、ソン・シウの社会派推理小説たちとなっております。

 さて、こちらの小説を原作としたドラマ(関連記事コチラ)は全16回で展開される予定。主演は『善徳女王』でおなじみイ・ヨウォン!そしてワタクシ個人的には、これぞ韓国ドロ沼お茶の間劇場の決定版の一つとして挙げられる『チャンファ、ホンリョン』で、穏和で知的な社長役を演じたチャン・ヒョンソンも見どころの一つ。ドラマでは原作5作品を盛り込むほか、ドラマ作家さん作のストーリーも制作されているとか。予告編を見る限り、原作に漂うシリアスとコミカルの空気が両方とも存分に味わえそうで、ぜひ視聴したい! 視聴して! と思いますが、彼女の作品の真の旨みは、文字で読んでこそ味わえるもの。その簡潔で明快な描写が生む凛とした雰囲気や、物語の構成の美しさ、ウィットの効いた小気味よいリズムなどは、ぜひぜひ文字で味わっていただきたいものです。近日中に新刊が出るという知らせも入ってきています。今後がまだまだ楽しみなソン・シウ。本にもドラマにも、どうぞご注目を!

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。














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