ルー・バーニーの新作を訳しませんか? と言われたとき、私は思わず快哉を叫び、待ってましたとばかりに飛びついた……と書けたらかっこいいと思う。実際はちがった。よく知らなかったのです。

『ガットショット・ストレート』というデビュー作のちょっと変わったタイトルは記憶に残っていた。たしか週刊文春の新刊紹介コーナーで池上冬樹さんが褒めておられて、食指は動いたのだが、未読だった。さっそく読んでみて、もう本当にびっくり+大喜び。めちゃくちゃおもしろいじゃありませんか。どのくらい興奮したかというと、カール・ハイアセンの『大魚の一撃』『珍獣遊園地』を読んだときくらい。わかりませんかね?

 ルー・バーニーの小説はよくエルモア・レナードと比較されるようだが、正直言ってレナードよりおもしろいと思う(田口師匠ごめんなさい)。『ガットショット・ストレート』は、出所したばかりの自動車泥棒シェイクが、ギャングのボスのアレクサンドラから、ラスヴェガスまで車を運んでくれと依頼され、気乗り薄で引き受けたものの、道中ドタバタ音のするトランクのなかをのぞいてみると……で始まる物語で、読者の予想を裏切るツイストが次々と入って、最後までまったく飽きさせない。ヒロイン(?)のジーナの活躍など、まことにすばらしくて胸がすく思いです。

 特筆すべきは、「予想を裏切る」というところ。この種の犯罪小説には、定型というか、お決まりの展開のようなものがあるのだが、作者はそれを巧みにはずす。読み慣れた人ほど、「えっ、こうなるの?」と思うはずだ。

 その才能は、新作『11月に去りし者』でも存分に発揮されている。やっと本題。時は1963年11月……というと、ある世界的に有名な事件を思い出しませんか? ニューオーリンズを仕切るギャングの若手幹部ギドリーは、何不自由なく優雅に暮らしていたが、遊説中のケネディ大統領の暗殺事件によって、その運命が大きく変わる。ほんの1週間前に、ボスのカルロス・マルチェロの命令で犯行現場のダラスに赴き、逃亡用の車を手配していたのだ。ケネディの暗殺者はあの車を使って逃げたにちがいない。やがて、事件になんらかのかたちでかかわった人間が次々と消されていることがわかり、ギドリーは危険がわが身にも及ぶと感じて逃げ出す。

 ちなみに、カルロス・マルチェロ(マルセロの表記もあり)は実在の人物で、暗殺の実行犯とされたリー・ハーヴェイ・オズワルドや、オズワルドを警察署で殺したジャック・ルビーとのつながりもあったことから、裏で糸を引いていたという噂が絶えない。『11月に去りし者』では大食漢として描かれているが、本人の写真を見ると……たしかに怖そう。

 一方、オクラホマの田舎町で幼い娘ふたりを育てていたシャーロットという女性が、飲んだくれの夫に愛想を尽かし、娘たちを連れて新天地を探しに旅立つ。とりあえず、ロサンジェルスに住むおばを訪ねようと、国道66号線(映画や小説や歌で数々の名作を生み出してきた「ルート66」!)を西に向かう途中、人当たりのいい保険外交員と知り合う。それが身元を偽ったギドリーだった。ギドリーとしても、家族は恰好の隠れ蓑になる。かくして、シャーロットと娘たちにギドリーを加えた4人の逃避行が始まる。ところがそのころ、すでにカルロス配下の殺し屋がギドリーを追っていた……。

 と、ここまで書くと、気のまわる読者は犯罪がらみのロードノベルやロードムービーを思い出し、頭のなかでその後の展開を3つ4つ予想しているのではないだろうか。たぶんそれははずれます。作者は意外な結末を用意していて、しかも読んだあとにはかならず、こういうのもいいねと思わされるはずだ。とりわけ最後の2章(最終章とエピローグ)は見事な着地で、それはもうしみじみと……いや、できればご自身で確かめてください。

 もうひとつ、私にはシャーロットに関して大好きな場面がある。「泣ける」というのはかなり属人的な感想だから、評価に使うのは不適だと思うが、人間の強さとやさしさが凝縮された名場面なのでお許しいただきたい。自分史上、映画でいちばん泣けたのは、ジョン・フォード監督『わが谷は緑なりき』の肝っ玉母さんが村人たちに認められる場面ですが、そのあたりから察していただければと。

 そんなわけで、『11月に去りし者』のシャーロットには感情移入せずにいられない。もちろんギドリーも殺し屋も魅力的だけれど(強面には+αの魅力がないとね)──文庫の表紙も渋いノワールふうでギドリーを連想させるけれど(それともあれは殺し屋?)──脇役もちょい役もいい味を出しているけれど(カルロスの懐刀の女性とか、殺し屋の道連れになる少年とか)──シャーロットと娘たちの魅力はそれらすべての上をいく、というのが訳者の印象です。『ガットショット・ストレート』のジーナにしろ、本書のシャーロットにしろ、女性を生き生きと描くのが本当にうまい作家だと思う。

 個人の感想ばかり並べてもいけません。『11月に去りし者』は、作者の長篇4作目にあたる。2作目は『ガットショット・ストレート』の続篇(くわしくは本サイトで東野さやかさんが紹介しています──こちら)、3作目は数々の賞を獲得したシリアスな単独作で、4作目が本書、そしてまもなくシェイクのシリーズ第3弾の Double Barrel Bluff が発表されるようだ。たしかにシェイクはいいやつだから、何度も登場させたくなるよね。

 などなど、せっかく宣伝の機会をいただいたのだが、何を書いても余計なひと言という気がしてならない。それほどこの作品にノックアウトされたということです。『11月に去りし者』はすでに権威あるハメット賞を獲得しているけれど、そういうことは忘れていただいてもけっこう。この方面に興味があるかたは、とにかく手に取ってみてください。期待は裏切られないと思います。

 

加賀山卓朗(かがやま たくろう)
 翻訳者。愛媛県出身。おもな訳書に、ルヘイン『あなたを愛してから』、ル・カレ『スパイたちの遺産』、ディケンズ『オリヴァー・ツイスト』、グリーン『ヒューマン・ファクター』、ハリス『レッド・ドラゴン』[新訳版]など。いま好きな作家は、ハン・ガン。

 

■担当編集者よりひとこと■

 熱く話したいことはたくさんありますが、登場人物たちの魅力も著者ルー・バーニーの魅力も加賀山さんが語り尽くしてくださっているので、別の目線からご紹介。

 本作が幕を開けるのは今から56年前の1963年11月22日、ケネディ大統領暗殺事件から。この言わずと知れた有名事件の真相に、ひとりのギャングが一枚噛まされていたら……、というところから物語が始まります。

 ご存じのように、ケネディ大統領はダラスでパレード中に狙撃され、元海兵隊員でニューオーリンズ出身のリー・ハーヴェイ・オズワルドが事件直後に逮捕されます。しかしその2日後、容疑を否認したままオズワルドは別の男に射殺されます。

 表向きはオズワルドの単独犯と片付けられていますが、射撃の精度など不可解な点が多く、多くの陰謀論が囁かれ、ニューオーリンズを根城とするマフィアのボス、カルロス・マルチェロが黒幕だったという説も。そのマルチェロに仕えるのが本編の主人公、フランク・ギドリー。世紀の暗殺事件に巻き込まれ、ついには命を狙われる身となった男の逃亡劇が描かれています。この旅には、大統領暗殺によって人々にもたらされた衝撃・哀しみがまとわりつき、アメリカ社会に落とした影の大きさを感じることもできます。

『ラウンド・ミッドナイト』『夜も昼も』など作中に登場するさまざまジャズの名曲とともに、秋の夜長にお楽しみください。

(ハーパーBOOKS編集部 N)