翻訳家の柿沼瑛子さんがありがたくも名古屋読書会の常連となってくださって3年、満を持しての°˖✧☆柿沼瑛子スペシャル☆✧˖°と銘打ち、柿沼さん訳書のローズ・ピアシー『わが愛しのホームズ』を課題書とした第24回名古屋読書会が7月27日に開催されました。柿沼さんはもちろんゲストとしてお出でくださり、『極私的おすすめブロマンスリスト』『ゲイ・ミステリ【3+1】』というレジュメまでご持参いただき、さらに解説もしていただきました。重ね重ねありがとうございます。

課題書『わが愛しのホームズ』は、ロンドンはベーカー街221Bの下宿に住む世界一有名な探偵シャーロック・ホームズと彼の唯一の友にして事件の記録者であるワトソン博士の物語が、ワトソンがホームズへの秘めた思いを抱えていたという設定のもと語られるパスティーシュ作品。『極秘捜査』と『最後の事件』の二編からなります。本書については、♪akiraさんのたいへん素晴らしいレビューも併せてぜひお読みください。

【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】第71回 ワトソンの直球片思い描写に心をつかまれて――ローズ・ピアシー『わが愛しのホームズ』(執筆者・♪akira)

さて読書会当日、台風ナーリーの進路が名古屋直撃コースというたいへん不安な天候のもと、残念ながら泣く泣く参加をキャンセルされた方もおられましたが、ホームズが好きな方・ゲイ文学に造詣が深い方・柿沼瑛子さんのファンなのでこれは参加するしかないという強い意志で来ました!という方・などなど総勢34人が会場となる名古屋駅近の会議室に集まり無事に読書会が始まりました。会場の長机にはスタッフ・参加者が持ち寄ったホームズものパロディ・パスティーシュ作品多数がズラリと並べられ、ホームズの人気と影響力の大きさを感じさせます。最初に参加者34人を3つのグループに分けてのフリーディスカッション、休憩を挟んだのち全員で集まり各チームでの内容を発表し合い質問を受けたり意見を交わしたり、という段取りで会は進行します。その中で出た様々な感想をご紹介します。

まずはやはりワトソンがホームズへの秘めた想いに苦しんでいるという設定について。「思いきりBLだったのでびっくりしたよ」「いやこれはブロマンスであってBLではないでしょ」「ブロマンスってつまりなんなんでしょう?」「はっきりした定義はないんだけどね、例えば……(識者の方によるレクチャー)」「ところでホームズとワトソンは受け攻めはどっちなの?」「あのー、受け攻めってなんのことですか?」「えーとようするにね……(識者の方によるレクチャー)(ホワイトボードに残される“A×B=B/A”という式)」といった、未知の分野に向けられる知的探求心とそれにすかさず応える識者の方々とのやりとりが随所で発生しました。また本書の出版はアメリカで1988年、日本では雑誌juneでの連載を経て単行本の出版が白泉社から1993年のこと、「同性愛解釈のパスティーシュはタブーだと思っていたから、これが商業出版されたことがもうとにかく衝撃的だったんですよ!」という当時を振り返っての感慨も聞かれました。

ミステリ作品として見ると、『極秘捜査』の“事件を引き起こしていたのは実は……”というネタは面白いという意見もありながら、ミステリとしては弱いという見解が多かったようです。パスティーシュ作品として、二編目の『最後の事件』が正典の話の筋、描写やせりふをそのまま使いながらそこに“隠された物語”を上手く組み込んでいることを評価する声が多く、「正典で齟齬があったところに説明がつけられるのがパズルのピースがはまるようで気持ちがいい」「正典ではこんな危機が迫った状況でのんきに欧州周遊旅行をしてる場合かよって思ってたけどこれってホームズがワトソンとの別れを覚悟して思い出作りをしてたんだね! 納得できた!」と言われる一方で、「あんまり隙間を埋められてしまうと妄想の余地がなくなって萌えないんだよね……」という声も。

作中の時代に同性愛者が置かれていた状況について、「同性愛者が迫害される法律(1886年イングランドにおいて男性同士の性関係を禁止する法律が施行)ひどいよね」「なんで法律の対象が男性だけだったんだろう」「女性の同性愛者はそもそも存在すら考慮されてなかったのでは」「えええ、法で迫害されるのはいやだけどいないものにされるのもどうなの」といった感想があり、さらに本書の女性の登場人物について「女性の生きづらさも含めた物語になっていると思う」「正典でワトソンは何かというとホームズホームズってなってワトソンの妻はないがしろにされてるみたいで可哀そうって思ってたから、この本の解釈はすごくすっきりした」「でもアン・ダーシーはうざいよ、パスティーシュにオリジナルキャラが出てくるのはちょっとね」などの意見が出ました。

ホームズ物全般への考察として、「物語」より「キャラクター」で消費されているという話題にもなりました。「ドイル自身はホームズの人間性をそれほど深く考えてはいなかったんじゃないかな。だからこそファンがいくらでも膨らませられて思い入れを持つのでは」「ホームズ物っていっぱいあるからそれぞれ自分が持ってるホームズのイメージがあるよね。」「私はね、いしいひさいち版なの。だからこの話読んでてもどうしてもいしいひさいち画が浮かんじゃってさあ」「あっ、自分もそうです!」と思いがけずイメージを共有する同志が見つかる一幕も。

こうして全員でのディスカッションも終了。課題書に対しての「正典へのリスペクトが感じられる」「正典を読み直してみたいと思わせる」という意見は賛同する方が多かったのではないでしょうか。本書を楽しむために最低限読んでおくべき正典はどれかという問いには話の下敷きになっている『四つの署名』『最後の事件』『空き家の冒険』に加えてホームズとワトソンの出会いとなる『緋色の研究』はまず抑えるとして、「ホームズのワトソンへのデレが見られるのよ!」という理由から『三人ガリデブ』が強力におすすめされました。みんな『三人ガリデブ』を読もう。

ホームズものの系譜を継ぐ作品としてあるいはブロマンスやBL作品としてという観点から挙げられた“次に読む本”は、ジョー・イデ『IQ』『IQ2』、ブライアン・フリーマントル『シャーロックホームズの息子』、ローリー・キング『シャーロックホームズの愛弟子』、トマス・ハリス『羊たちの沈黙』、レックス・スタウトのネロ・ウルフシリーズ、ドロシー・L・セイヤーズ『ピーター卿の事件簿』、島田荘司の御手洗潔シリーズ、島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』、黒崎緑のしゃべくり探偵シリーズ、夢枕獏『陰陽師』、加納一郎『ホック氏異郷の冒険』、田中啓文『力士探偵シャーロック山』、いしいひさいち『コミカルミステリーツアー』、高村薫の合田雄一郎シリーズ、テリー・ホワイト『真夜中の相棒』、マイケル・ナーヴァ『このささやかな眠り』、レイモンド・チャンドラー『ロンググッドバイ』、ジョシュ・ラニヨンのアドリアン・イングリッシュシリーズ、といった作品です。

ここでお時間となり、読書会本会は終了。その頃には心配されていた台風も熱帯低気圧に変わっており、参加者の多くは二次会へと移動しての歓談の運びとなりました。みなさまありがとうございました。

ち え

名古屋読書会の常連参加者です。ホームズオマージュ・パスティーシュ作品では最近はアメリカのテレビドラマ『エレメンタリー』が好きです。

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