(承前)

 あとは若干駆け足気味に。4位から6位まではほとんど同着と言ってもいいほどで、自分の中では評価に差はない。『ユダヤ警官同盟』は、もしもイスラエル建国が行われなかったら、という歴史改変小説であり、アメリカに借地をして集住していたユダヤ人たちが、起源切れによって再び離散しなければならないという危機に瀕しているときに殺人事件が起きるのである。主人公を巡るシチュエーションの深刻さではトム・ロブ・スミス『チャイルド44』に及ばないのだが、こちらには人間の内面を覗きこんでいくような深度があり、世界を戯画として描きなおす茶目っ気もある。とても好きな作品だ。

『荒野のホームズ、西へ行く』は、雑誌に載ったホームズ譚に影響されて自分も探偵になると決めたカウボーイを主人公にした歴史ミステリーで、これが長篇第二作である。なんと今回は鉄道ミステリーだ。鉄といっても時刻表鉄じゃなくて乗り鉄ね。物語のほとんどは列車の中で展開される。終盤に素晴らしい大立ち回りがあり、古参の映画ファンはきっと随喜の涙を流すであろう。あ、『マルクス兄弟の二挺拳銃』もう一度観ちゃおうかな。

『死神を葬れ』は、昨年でいうと『メアリー−ケイト』級の先が読めない物語で、病院という密室を舞台にしたスリラーに、なぜかマフィアの物語が絡めてある。この「なぜか」が肝なので詳述はしないが、鼻面をつかんで引き回されるのが好きな、マゾっ気のある本読みは是非読んでいただきたいと思います。ちなみに作者はきちんとした医師資格のある人なので、病院部分のディテールは海堂尊なみにしっかりしている。というか病院トリヴィアがうるさいくらいに散りばめられた小説だ。マニアックな人なんだろうなあ。

 7位のドナルド・E・ウェストレイクと8位のカール・ハイアセンについてはもはや説明不要だろう。大好きである。『泥棒が1ダース』のことは「私設応援団」で書いたとおり。こんなにおもしろい小説を書くドン小父さんがもういないなんて信じられないよ。ハイアセンは読者を不安な気持ちにさせる主人公を描くのがうまい人で、本書でも、異常に正義感が強く、何かされたら報復しないと気がすまない女性を中心に、どんどことんでもない事態が進行していく。変人ばかりのスラップスティックなのだが、中に一本まともな常識の芯が通してあるところが私は好きだ。

 9位と10位に謎解きの風味が強いものを選びました。ジャック。カーリー『毒蛇の園』は、犯人捜し小説を期待して読むと若干肩透かしをくらう可能性はあるのだが、「何が起きているのか」という謎の小説として読むと抜群におもしろいはずである。解説に法月綸太郎というのも絶妙な人選だ。『水時計』は、イングランドの沼沢地方を舞台にしたミステリーで、明らかに〈黄金時代〉の作風を再現する企図で作者はこれを書いている。犯人を示す伏線の置き方に芸があり、真相を知ってから読み返すと感心させられます。本当はもっと上位でもいいんだけど、解説を書いたからちょっと遠慮したんだ。

 こんな感じ。正直に言って今年は国内ミステリーよりも翻訳作品のほうに目を引く話題作が多く、盛り上がりを感じました。この傾向が来年以降も続くといいな。

杉江松恋