(承前)

 同じことが2位のドン・ウィンズロウ『犬の力』にも当てはまる。メキシコの麻薬ビジネス撲滅を魂の底から目指す捜査官、犯罪組織、彼らのあいだで炸裂する闘争を、粘っこくもドライに描いている。怒りの絶え間ないぶつかり合いが、やはり三十年にも亘り繰り返されるストーリーはすさまじい。

 リサ・ブラック『真昼の非常線』を『余波』よりも上の3位にしたのには、また別の理由がある。銀行籠城ものという、クライム・エンターテインメントではおなじみのパターン設定でありながら、サスペンス、バイオレンスの興奮で読者を惹きつけるのみならず、かなり緻密に構築された謎解きミステリーにもなっている贅沢感がいいのである。

 今まで翻訳ミステリーに親しんでこなかった方にぜひ知ってもらいたいのは、この小説ジャンルが娯楽と感動の宝庫であり、サスペンス、バイオレンス、謎解きも、叙情も情動もすべて、犯罪という出来事をストーリーの主軸におきつついくらでも際限なく盛り込まれているところなのである。

 5位のピーター・レナード『震え』、10位のトロイ・クック『州知事戦線異状あり!』は、強盗や殺しをなりわいとしている、いわば職業犯罪者たちのふざけた日常が大きな読みどころではあるけれど、それだけでは終わっていない。前者は悪党たちの魔の手から子供を救い出そうとする母性の強靭さがテーマであり、後者は、カリフォルニア州知事候補の一人からライバルを消して欲しいと依頼された殺し屋コンビがことごとく犯行に失敗し、それが腐敗政治批判の風刺劇となっているのだ。

 6〜8位はいずれもSFだ。言うまでもなくすべての小説は空想世界であり、どういう設定にしようが作者の自由だ。奇想とテーマが固く結び付いていれば、必ず作品に説得力が生まれる。ジェイムズ・F・デイヴィッド『時限捜査』はタイムスリップ設定と、過去に対する悔恨というテーマが一体化しており、読んでいて何の疑問も湧いてこない。

 9位のマット・ベイノン・リース『ベツレヘムの密告者』はパレスチナを舞台にしている。国際紛争を背景にしつつ、主人公は軍人や諜報部員ではなく五十代の歴史教師、彼が教え子殺害事件の謎を追う探偵物語となっている。今の時代に即した社会性、銃撃戦の迫力、そして歴史学者ならではの粘り強い主人公のキャラクター。本作もやはり贅沢な翻訳ミステリーである。

 中辻理夫