『ビューティ・キラー1 獲物』チェルシー・ケイン(ヴィレッジブックス)

 翻訳者リレー・エッセイの執筆者がここまで渋いおじさま(失礼!)ばかりなので、ここらで女子もなにか書くようにとのお達しをいただいた。当サイトもおしゃれな雑貨屋さんみたいな素敵なデザインに衣替えしたことだし、女子のトップバッターとしては、できればガーリーな装幀の癒し系な本を紹介したい場面である。

 猫と軽ハードボイルドが大好きなので、本来なら表のイチ押し「三毛猫ウィンキー・シリーズ」(エヴァン・マーシャル)か、さわやか系ハードボイルドの「エルヴィス・コール・シリーズ」(ロバート・クレイス)のなかからいちばん好きな作品を紹介したいのだけれど、残念ながら諸般の大人の事情により、どちらも刊行が中断している。

 ならば、と拙訳書の棚を見まわせば、なぜかさわやか系とは対極にある人生に疲れ果てた中年おやじの本ばかり(心は乙女なのになぜ?)。

 そんなわけで、今回選んだのは裏の自薦イチ押し本。表向きの主人公は例によって少々くたびれた中年男だが、真の主人公は圧倒的な存在感を見せる美貌のシリアル・キラーだ。容姿端麗・頭脳明晰・残虐非道のこの女殺人鬼がとにかくカッコいい。

 欲望を満たすために男を手玉にとっては拷問して殺害していく美しい殺人鬼グレッチェンと、彼女の本質をだれよりも深く理解しながらも、悲しい性でその魔力にからめとられ、とことん堕ちてゆく刑事アーチー。ふたりの屈折した関係については霜月蒼氏が火傷しそうなほど熱く語ってくださっているとおりで、とにかくこのふたりの倒錯した愛の形にわたしも魅了された。なにより、おぞましいはずの拷問シーンがこれほど官能的になりうるとは! これはもう立派な“ロマンス小説”と言っていいのではないか。S心もM心も持ち合わせていない(と思う)わたしも、気がつけばグレッチェン姐さんにすっかり感情移入し、アーチーの苦悩を見るのがだんだん快感になってくる始末。

 「こんな本をイチ押ししちゃっていいの?」と自問する声も聞こえるけれど、いいんです、おもしろいものはおもしろい。おそらく著者のチェルシーさんも、「こんな本を書いちゃっていいの?」と自問しつつ、いいの、好きなものは好きだから、と開き直って書いている。というのも、あの池上冬樹氏が思わずニヤリとしたというこんな献辞がついているのだ。

1作目「For Marc Mohan, who loved me even after he read this book」

2作目「For Village Books in Bellingham ……(中略)……You are to blame for this」

 この“even after” と “blame for this”のあたりにこめられた著者の微妙な心理。これをどう表わすか、それがまた悩ましくも楽しい作業だった。3部作の完結篇がどうなるのか、いまからドキドキしている。

 こんな本を訳してしまったわたしをどうかお見捨てなきよう>同業者・読者のみなさま。

 高橋恭美子