1.アラン・ムーア『フロム・ヘル』みすず書房

 めくってもめくっても真っ黒な世界。〈脳内の水面下でおこなわれる活動はすべて魔術なのだ〉というガル博士の虜になり、気がつけば息をするのも忘れるほどのめりこんでいました。特に下巻第十章「この世で一番の仕立屋に」には震えが。

2.ジャック・ルーボー『麗しのオルタンス』創元推理文庫

『フロム・ヘル』が暗黒のロンドンなら、こちらはパリの街を軽やかに描いた一編。 女性観光客鑑賞が趣味の食料店主、ときおりパンティをはき忘れる美女オルタンスなど、奇人変人揃いのキャラクター+猫が魅力的です。謎の青年がオルタンスに捧げる愛の告白に爆笑!

3.マット・ラフ『バッド・モンキーズ』文藝春秋

 この小説の主人公、ジェインの告白は『麗しのオルタンス』とは別の意味でトンデモ。信頼できなさすぎる語り手なのですが、彼女の「語り」には単純に妄想といい切れない真実が含まれている。見た目がほぼドライヤーのNC銃とか、小道具もおもしろい。著者の作品をもっと読んでみたいと思いました。

4.マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』新潮文庫

『バッド・モンキーズ』のポップな文体と比べると、かなり密度の高い文章。北極圏に築かれたユダヤ人居住区という架空の街が、驚くほどリアルに立ち上がります。父の世代の負債を継いだ息子たちの苦悩を描いているという点で、現代日本の若男子が読んでも共感できるのでは。

5.ジョナサン・キャロル『木でできた海』創元推理文庫

『ユダヤ警官同盟』のような大きな歴史ではなくて、個人史のなかにある闇を描くのがキャロルはすごくうまい。次々と起こる奇妙な出来事の謎を追ううちに、思いもよらない場所へ連れて行かれます。

6.スティーグ・ラーソン『ミレニアム』早川書房

 歴史、経済、男女問題など、さまざまな要素がこってり詰め込まれたゴージャスなエンターテインメント。もう新作が読めないなんて、残念でたまりません。

7.アルトゥーロ・ペレス・レベルテ『戦場の画家』集英文庫

戦場カメラマンのもとを、被写体となって人生を狂わされた人物が訪ねてくる。当然、復讐しようとしているのかな、と思うのですが、話の展開の方向に意表を突かれました。

8.ジャック・カーリィ『毒蛇の園』文春文庫

9.タナ・フレンチ『悪意の森』集英社

 8位と9位には、気持ちいいほど突き抜けた悪が登場します。悪をエンターテインメントにしてしまうところが、ミステリーの罪深い、でもやめられないところ。

10.R・J・エロリー『静かなる天使の叫び』集英社文庫 

 これもやめられないとまらない一冊。主人公を見舞う悲劇の連続に「あんまりだ!」と思いながら、一気読みしてしまいました。

 自分の選んだ10冊を見て、脳内の水面下で起こっている魔術を描いたものが好きなんだなあと実感。そういう作品に、来年もすごい魔術に出会えますように。

 石井千湖