あっという間に12月も半ば(平凡な出だしですみません)。年末と言えば忘年会ですが、編集者として気になるのはやっぱり各種の「年末ベスト」。海外ミステリ関係者なら、この時期が近づくにつれてじりじりとした気分を感じながら、「このミステリーがすごい!」(宝島社)、「ミステリが読みたい!」(早川書房)、「週刊文春」の「ミステリーベスト10」、「IN☆POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」……などなどの結果が気になるものです。

 僕などは基本、指をくわえて、「ああ今年はこの本が1位かあ」「これ読んでないなあ。読まなきゃなあ」などと眺めているだけですけれど、同時になんとも微妙に重苦しいというか、いやあな気分も味わうものです。

 作品の「質」以外にも、さまざまな「不運」「幸運」の要素はあるわけでして、それらをはねのけて「ベスト」に選ばれる作品群は、僕などの目には、惑星直列のようにさまざまな条件がパキーンと揃った燦然たる星のように輝いて見えます。

 もちろん、「ベスト」が目的で本を出してるわけじゃないや、という編集者は多いでしょうけれど(僕だってそれが目的かと言われたら違うと言いますが)、出版するというのはそもそも、読者がいなければ成り立たないわけですし、であるならば出来うる限り多くの人と、同じ感動であったり驚きだったりを共有したいな、とも思います。

 となると欲が出て、「ベスト」に絡みたいな、と思いますし、無言の人気投票が実売部数だとするなら、売れて欲しい。そんな編集者のドロドロとした(僕だけかもですが)気分がにじみ出てしまう時期が年末でもありまして……。

 煩悶と疑念と羨望と絶望混じりの諦念が渦巻くこの時期は例年、なんともどよーんとした気分にさせられたりするのです。

 でも今年は初めてと言っていいくらい、僕にとってよい年だったのです。

 今年の新潮文庫は、アーチャーやグリシャム、クランシーやフリーマントルなど以前からの作家の作品を刊行し続けつつ、昨年の「このミス」1位となったトム・ロブ・スミス『チャイルド44』の続編『グラーグ57』も刊行、それに加えて新しい作家(弊社にとって、という意味ですが)にトライしたりして、編集部的にはけっこう頑張ったのです。

ケヴィン・ウィグノール『コンラッド・ハーストの正体』、スティーヴン・プレスフィールド『砂漠の狐を狩れ』、ジョシュ・バゼル『死神を葬れ』、アンドリュー・パイパー『キリング・サークル』、エリック・ガルシア『レポメン』、ケン・ブルーエン『ロンドン・ブールヴァード』……等々と傾向はバラバラながらもなかなかほれぼれとするような作品が並んでいて(ほとんど僕の担当ではありません)、うーんどれかブレイクしてくれないかなあと思い続けた1年だったのです。

 ちょこっとでも書評家の方や書店員の方にコメントを書いていただいたり、ネットで取り上げられていたりすれば、舐めるように読んでしまうのが編集者の性(さが)。なかでも、個人的にやきもきしていたのがマイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』でした。

 架空歴史にして警察小説、ミステリにしてSF、メインストリームの文学作品でありつつ夫婦の奇妙な紐帯を描くヒューゴー、ネビュラ、ローカスの三冠受賞作。中年で酒飲みでダメ男な主人公がひとごととは思えず、お願い……と思いつつ迎えたこの年末は、「このミス」3位に「ミステリが読みたい!」3位に「IN☆POCKET」4位に「週刊文春」5位!

 いえ、みなさん、もしかしたら、地味な順位だねなどと仰るのかもしれませんが(言われましたけど)、担当編集者の喜びたるや! こうした「ベスト」に絡んだことのなかった編集者の歓喜たるや!

そりゃもちろん偉いのは作品ですし、著者ですし、翻訳家(黒原敏行さん!)ですけれど、3位でこれだけうれしいなら、1位になったらいったいどれだけなんだろう……?とも思えた年末でした。

 とはいえ確かに『ユダヤ警官同盟』はエッジの立った作品だったかもしれません。

 実は隠し球があるのです。同じくシェイボンの『シャーロック・ホームズの最終解決』が1月末に刊行の予定なのです。こちらの舞台はイギリスの田園地帯、タイトル通り老ホームズが消えたオウムの謎を追って活躍します。『ユダヤ』はちとなあ……と仰った方も、これなら間違いないはずです。シャーロキアンも納得の、緻密な細部に随所でニヤリとさせられつつ、ラストに用意された意外に大きな結末をご堪能いただければと。

 映画化も予定されてます!