(編集部より)

 既報のとおり、第1回翻訳ミステリー大賞の最終候補作は以下に決定しました。

 投票第1位 『犬の力』ドン・ウィンズロウ/東江一紀訳(角川文庫)

 投票第2位 『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』スティーグ・ラーソン/ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳(早川書房)

 投票第3位 『ミレニアム2 火と戯れる女』スティーグ・ラーソン/ヘレンハルメ美穂・山田美明訳(早川書房)

 投票第3位 『川は静かに流れ』ジョン・ハート/東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 投票第3位 『グラーグ57』トム・ロブ・スミス/田口俊樹訳(新潮文庫)

 しかし、今年の秀作はこれだけではありません。翻訳ミステリー大賞シンジケートでは、惜しくも候補から洩れた上位作品を書評七福神のレビューによって毎日1冊ずつ紹介していきます。下位作品についても全リストをアップする予定ですのでお楽しみに。

 ではまず第6位から!

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『ユダヤ警官同盟』

マイクル・シェイボン/黒原敏行訳

新潮文庫

 ピューリッツァー賞作家シェイボンの新作『ユダヤ警官同盟』は、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞を制覇し、更にアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞にもノミネートされた作品である。

 物語の舞台は、一九四八年に建国後僅か三カ月でイスラエルが崩壊した架空の世界。約束の地を追われたユダヤ人たちは、アラスカのシトカ特別区に暫定的に居住していたが、二カ月後にはその地さえもアメリカに返還しなければならないことになっていた。そんな時、シトカのホテルで男の射殺死体が発見された。同じホテルに住む刑事ランツマンは、現場にあったチェス盤に関心を抱く。

 改変歴史SFとハードボイルドの融合による、ユダヤ人問題の思考実験——本書での著者の試みを簡単に記せば、そういうことになるだろう。だが、その思考実験で何をやりたかったのかは、ユダヤ人問題に関する知識が乏しい大半の日本人読者にはぴんと来ないだろう(評者にしても、訳者あとがきを読むまで意味がわからなかった部分があった)。訳者はサイエンス・フィクションではなくスペキュレイティヴ・フィクションとしての“日本沈没”の物語においては天皇制の問題が重要な位置を占める可能性を示唆しているが、その天皇制が多くの外国人にとって身近な問題と感じられないのと、日本人読者が本書に覚える筈の隔靴掻痒感とは似たようなものだろう。力作なのに何がどう凄いのかが伝わりにくい作品だが、それは著者の責任ではなく日本人読者の条件の問題である。その意味で、生半可な心構えで立ち向かうべき小説ではないとも言える。

 千街晶之

(「SFマガジン」2009年7月号より転載)