小路幸也さんをお招きしての「週末招待席」第四回。前回はクイーン談義から意外なところに話が発展しましたが、今回も小路さんの作品世界についてお聞きするところから始めたいと思います。さらに小路さんの読書体験について、もう少し根掘り葉掘り聞いてしまいましょう

(前回の記事を読む)

——ところで、小路さんはアメリカを舞台にした『HEARTBLUE』

『ブロードアレイ・ミュージアム』などの作品をお書きになっておられますが、クイーンから現在に至るまでの間に、アメリカ文化の影響を受けた作品は他にありますか? たとえばアーウィン・ショーであるとか?

小路 はい、アーウィン・ショーです。そしてデイモン・ラニアンです。むろんカポーティやオースターといった人気作家、O・ヘンリーやヘミングウェイといった大御所からも英米文化の薫陶を受けましたが、なんといっても前述の二人です。彼ら二人は比べるとまるで違うテイストの作家ですが、そこに息づいているのは〈生きる喜び〉ではないかと読み取りました。明るい陽光の、もしくは摩天楼の下、きらびやかさと暗い影のコントラストに、やはり憧れと理想を見ます。

——そうか、『ブロードアレイ・ミュージアム』はラニアンですよね。

小路 そうなんです。本当はもっとストレートにしたかったんですが、やはりちょっと日和っていつもの僕のテイストを盛り込んでしまいました。

——読書体験ということですと、クイーンのあとにはどんなミステリー作家を読まれたのですか?

小路 これも愛読した作家を思いだすままに羅列しますと、アガサ・クリスティー、レックス・スタウト、ミッキー・スピレイン、チャンドラー、エド・マクベイン、ディック・フランシス、マイクル・Z・リューイン、W.L.デアンドリア、マーシャ・グライムズ、デイヴィッド・ハンドラー、イアン・ランキン……うーん、キリがないのでこの辺で(笑)。御三家といわれる大御所はもちろんですが、高校生になって矢作俊彦さんにやられてしまいまして、そこからハードボイルドの系譜に向かっていきました。

——おお素晴らしいチョイスです。それぞれの作家についてお好きな作品を教えていただく、というのはちょっと面倒くさい質問になってしまうでしょうか。

小路 クリスティーでは『謎のクイン氏』が何といっても大好きです。死者の代弁者たる探偵(?)ハーリ・クインの不可思議さは、ひょっとしたら僕の作品のテイストの源泉かもしれません。実は僕、ハンドルネームが〈RE-QUIN〉なんです。これはエラリイ・クイーンとハーリ・クインの掛け合わせでして。スタウト、スピレイン、チャンドラー、マクベイン、フランシスに関してはもうごくごく当たり前のラインナップですね。リューインはサムスンのシリーズで、中でも『沈黙のセールスマン』がいちばん好きかな。W・L・デアンドリアはやはり『ホッグ連続殺人』です。それなりに翻訳ミステリーを読んでいたはずなのに、コロッと騙されました。グライムズはどれかなぁ『「化かされた古狐亭」の憂鬱』かな。ハンドラーは『猫と針金』、ランキンは『黒と青』かなぁ。シリーズ物は全部好きですけどね。他にもジョージ・P・ペレケーノス、サム・リーブス、S・J・ローザン、ドン・ウィンズロウ、フェイ・ケラーマンとシリーズを愛読している作家を挙げるとキリないですねー(笑)。

——これは困らせてしまう質問かもしれませんが、いちばん好きな翻訳ミステリーを教えていただけますか?

小路 困るなぁ(笑)。うーん。クイーンは別格として、マイクル・Z・リューインかなあ。あ、でも、ある時期に読んで自分を奮い立たせてくれたいちばん思い出深い翻訳ミステリーは? という意味で、バリー・リード『評決』にします。大学も辞めてミュージシャンを目指してもうまく行かなくて、ものすごく悩んでいた若い時期に読んで、本当に勇気づけられました。ここで沈んでいってたまるか、という思いを湧き立たせてくれた本です。ぶっちゃけてしまえば〈正義は勝つ〉という捻りも何もない〈法廷もの〉なんですけど、主人公の情けなさと、でもその胸の奥に眠る正義感と、彼を取り巻く人間模様がとても好きになりました。ここだけの話ですけど、この物語に出てくるある〈いいフレーズ〉が気に入って、自著の中で何度か使ってます。

——『評決』ですか! これもいい小説だと思います。いいフレーズというのが、気になるなあ。こっそり、どの言葉だか教えていただけますか?

小路 手元に今本がないのですが、「〈気に入った〉という感情は全てに優先される」というような感じのフレーズです。野卑で墜ちた主人公の弁護士を、教会の大立者がそう言って信用し、庇うのです。ある意味、実にハードボイルドな言葉ですよね。確か、三冊ぐらい、バリエーションで使っているはずです(笑)。

(つづく)

(プロフィール)

小路幸也 しょうじ・ゆきや

北海道旭川市生れ。札幌市の広告制作会社に14年勤務。退社後執筆活動へ。2003年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』で第29回講談社メフィスト賞を受賞し、デビューを果たす。2006年、古書店を経営する大家族が主人公の『東京バンドワゴン』を発表し、ミステリー以外の読者からも注目を集めた。著書多数。北海道江別市在住。