『ピーナッツバター殺人事件』(「老人たちの生活と推理」シリーズ)

コリン・ホルト・ソーヤー/中村有希訳

創元推理文庫

『ど田舎警察のミズ署長はかなりの凄腕サ。』(マゴディ町ローカル事件簿シリーズ)

ジョーン・ヘス/中井京子訳

集英社文庫

『すべての石の下に』(ブラックウォーター・ベイ・シリーズ)

ポーラ・ゴズリング/山本俊子訳

早川書房

『スリー・パインズ村の不思議な事件』(ガマシュ警部シリーズ)

ルイーズ・ペニー/長野きよみ訳

ランダムハウス講談社文庫

『13羽の怒れるフラミンゴ』(メグ・シリーズもしくは鳥シリーズ)

ドナ・アンドリューズ/島村浩子訳

ハヤカワ文庫

 先日、うちの周り一帯で停電があった。パソコンは気を利かせて内蔵バッテリーに即座に切り替わってくれたため事なきを得たっつーか、気が利きすぎて原稿が遅れた言い訳に使えねえっつーか。ルータも落ちたためネットも使えず、外に出てみた。

 すると同じように怪訝な顔で外に出て来たご近所の奥様方がいて、「停電?」「おたくも?」「信号も消えてる」「ネットも使えないし」「ケータイで中電のサイト見てみる?」「パケット代別だからもったいない」「パケットと言えば息子のケータイ代が半端じゃなくて」「そういえば○○さんとこの息子さん大学決まったって」「あらお祝い包まなきゃ」「1万円でいいよね」と、合格祝いの金額は決まったものの停電については何の情報もなく、うちに帰ったらいつの間にか復旧していた。ちなみに中部電力によると停電の原因は「鳥類が営巣材を送電線に接触させた」つまりカラスがハンガーをひっかけたってことらしい。やるなあ、カラス。でも停電はネヴァー・モア。

 いや、カラスの話じゃなくて。何が言いたいかというと、こいうとき最も簡便にして基本的なコミュニケーションツールは、とことこと隣まで歩いていって「○○さーん」と声をかけることなのだなあ、と感じ入った次第。

 そんなご近所さん──つまりコミュニティの描写こそがコージーの命である、と私は考えている。コージーにはやたらと料理だのお菓子だの井戸端会議だのラブロマンスだのが盛り込まれるが、普段の近所付き合いがのどかであればあるほど、そこに潜む悪意が現れた時のショックは大きい。でも、そこから立ち直って、まだあののどかな日常の再構築を始める、それこそがコージーの魅力であり、読後感がいい理由なのだ。

 そんな「怖いご近所ミステリ」にして「前向きな日常の再構築」が楽しめるベスト5。

 コリン・ホルト・ソーヤーの〈老人たちの生活と推理〉シリーズは、高級老人ホームが舞台。キョーレツなジジババたちが警察の静止なんぞ聞きもせず、膝の痛む足と補聴器が不可欠な耳と老眼の眼を駆使してホーム内の事件解決に奔走する。「こんなおばあちゃんになりたい!」と本気で思わせてくれるほど楽しそうな老後。しかし事件の裏には「老い」の苦み、悲しみが隠されている。おばあちゃんたちはそんなことはすべて承知で、その上で前向きだからカッコいいのだ。一押しは『ピーナッツバター殺人事件』。

 ジョーン・ヘスの〈マゴディ町ローカル事件簿〉3作目『ど田舎警察のミズ署長はかなりの凄腕サ。』は、一見、かなりのドタバタミステリ。町にオープンしたスーパーマーケットを巡る食中毒事件が意外なところに着地する。キャラが立ち過ぎるほど立っていてダジャレもふんだんで(1作目の『ど田舎警察のミズ署長はNY帰りのべっぴんサ。』にとても感心したダジャレの日本語訳があったのだが、それはまた別の話)大笑いしながら読めるが、実は「人の噂」がどれだけ無責任で恐ろしいものか、というテーマが作品の底にある。このシリーズは本国では36冊(だったと思う)も出ている人気シリーズなのだが、訳出は3冊で止まっている。これはぜひ続刊を!

 ご近所での事件の怖さを最も巧く描いているのは、ポーラ・ゴズリングの〈ブラックウォーター・ベイ・シリーズ〉だろう。中でも『すべての石の下に』は秀逸。郵便配達人が殺され、キルトサークルの素人探偵団が保安官を助けるべく張り切るのだが、こいつこそ犯人と思った人物が無実とわかったときのセリフこそがご近所ミステリの神髄。

「もし彼が犯人でないとしたら、だれか知っている人が犯人かもしれないということになるでしょう。(中略)そういうのを一般の人は恐れるんです。都合のいい人間に犯人であって欲しいんですよ」(p.90)

 ご近所に潜む悪意の吸い上げ方が巧いのは、ルイーズ・ペニーの『スリー・パインズ村の不思議な事件』に始まる〈ガマシュ警部シリーズ〉。久しぶりの正統派で、且つ嬉しくなるほどの陰コージーだ。近所付き合いの中で、ちょっとした物言いにカチンと来る事は多いが、たいていはすぐに忘れるもの。それを本書は神の視点で逐一拾ってくれるから堪らない。こんなにひねくれ者ばかりの、そしてこんなに魅力的なコミュニティは珍しい。皮肉の利いたユーモアもクセになる。

 翻って陽コージーのお手本はドナ・アンドリューズ。メグ・シリーズ、中でも『13羽の怒れるフラミンゴ』を読まれたい。地元でのフェスティバル会場が舞台で、コミュニティ内での戦いのみならず、家族間、そして将来の姑との戦いまで登場する。嫌な事ばっかり起きてぜんぶ放り出したくなる。でもメグは、事件のあとはまた日常に戻って行くのだ。そしてまた「もう、いや!」と叫びながらも、パワフルに日常生活を送るのである。

 〈お茶とケーキ派〉とも呼ばれるコージーは、のどかで楽しくて居心地良くて、でもちょっぴり苦い。それもそのはず、茶葉もバニラも、直接噛むと相当苦いんだから。

 大矢博子