『沼地の記憶』/Master of the Delta

 トマス・H・クック/村松潔訳

ISBN 9784167705850/4月9日発売

文春文庫/定価860円

あの名作《記憶シリーズ》の哀切と慟哭、ふたたび!

過ぎ去った日の悲劇が、いまもわたしを苦しめる。

 かの《記憶シリーズ》で日本のミステリ・ファンを魅了した巨匠クック自身が、《記憶シリーズ》の流儀の発展形として書いたと言う、新たなる傑作の登場です。舞台は南部の小さな町。50年前に同地の高校教師をしていた「わたし」は、いま孤独な生活を送っている。訪れる者は老いた郵便配達人くらいという侘しい暮らしを。「わたし」の心に絶望の暗い影を落としているのは、1954年に起きた痛ましい悲劇だった。

 わたしのクラスに出席している物静かな少年エディ。その父がかつて町を揺るがした殺人者の息子だと知ったとき、悲劇への歯車は静かに回りはじめたのだった。「悪について」の授業をもつわたしが生徒たちに出した、「古今の『邪悪な人物』についてのレポートを書け」という課題に、エディは、自身の父について書くことを決めた。エディの才能に惹かれたわたしは、彼とともに父親の事件について調べはじめた。それがあの悲劇につながるとは夢にも思わずに……。

 痛ましいがゆえに記憶の再生をためらう感情がサスペンスの発生源となる——《記憶シリーズ》でクックが編み出した手法が、ふたたび帰ってきました。いったい何が、誰の身にふりかかるのか? それが不明なまま、しかし不穏な予感が高まっていき、破滅が訪れるのです。スローモーションの雪崩の無声映像——そんなクック一流の犯罪悲劇が、あのほの暗い叙情をたたえた描写とともに、ここにはあります。

 そして前作『石のささやき』でも見られた、歴史上の残忍な行為への言及。これは単に一個人の過ちとしてではなく、歴史を貫く人間の悲しい本性としての暴力という、射程の深い主題をもそなえています。ミステリ読者はもちろんのこと、ふだん文学書をお読みのかたにも、感じるところのある作品かと思っています。

 巻末にはトマス・H・クックへのインタビューも収録。真摯な作家としての肉声にたっぷり触れることができます。

(文藝春秋翻訳出版部 永嶋俊一郎)

『WORLD WAR Z』/World War Z: An Oral History of the Zombie War

マックス・ブルックス/浜野アキオ訳

ISBN 9784163291406/4月10日発売

四六判並製/定価2100円

あの冬、1100万人が死んだ——

ゾンビvs人間の全面戦争が火蓋を切る。

ニューヨークタイムズ・ベストセラーリストにランクイン、

フルスケールで描くパニック・ホラー大作!

 いまや吸血鬼に次ぐモンスター界屈指のポピュラリティを得た感のあるゾンビ。本書はゾンビ病原体が世界的なアウトブレイクを起こしたら何が起こるのかを真正面から描いた究極のパニック・ホラーです。

 生者と死者とが繰り広げた全面戦争の終結から10年。国連戦後委員会が「あの戦争は何だったのか」をまとめるべく、世界中に調査官を派遣した。最終的な報告書からは除かれてしまった証言者たちの肉声を、ひとりの調査官が独自にまとめたのが本書——という体裁の長篇小説。ゾンビ発生源とされる中国辺境での医師の報告にはじまり、中東、南米、アフリカと、感染拡大のプロセスが証言から描かれ、やがてアメリカ、ドイツ、ロシア、日本までが生者を喰らう死者の軍勢に屈してゆく。倒しても倒しても際限なく襲い来るゾンビの群れに街は崩れ落ち、山は燃え、海は絶望に満たされる。そんななかで、政治家、兵士、主婦、スパイ、そしてオタクなどなど、人間たちはいかに戦い、滅亡の危機から脱したのかが迫真の筆致で綴られてゆくのです。

 例えば小松左京『復活の日』。例えばリチャード・マシスン『アイ・アム・レジェンド』。あるいはネビル・シュート『渚にて』、リチャード・プレストン『ホット・ゾーン』、伊藤計劃『虐殺器官』——マックス・ブルックスが「ゾンビ」というテーマから生み出してみせる無数の物語は、終末世界/ディストピア小説の新たなる傑作として、読む者を圧倒します。ミリタリー・スリラーの大きなスケールと、危機のただ中の人間の恐怖と勇気という等身大のエモーションを見事に融合させたパワフルな物語をお楽しみください。

 なお本書は、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットのプロダクションが映画化権をめぐって争い、ピットのPlan B Entertainmentが権利を取得、現在製作準備が行なわれています。ファンが独自に製作した「予告編」(たくさんある!)もYouTubeで観られます。

(文藝春秋翻訳出版部 永嶋俊一郎)