みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。
 まずはワタクシゴトで大変恐縮ですが、先日の大型台風が接近する中、勉強会に足を運んでくださったみなさま、並びに貴重な場をご提供くださった諸先生方に心より感謝申し上げますとともに、大変ムダな時間を過ごさせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます…。今後はワタシらしく! 文字での情報発信に邁進したく思っておりますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、「大韓民国ストーリー公募大展」(韓国コンテンツ振興院主催)の受賞作品がそろそろ発表される季節となりました。以前ちらっとご紹介した『究極の子』『9本のソリナムが訊いた』などもこのコンテストの受賞作品。今年は少し早めでしょうか、先月末に発表となっていますが、現時点、作品の詳細はわからないものの、タイトルだけでも興味をひかれるものがあり、今後の書籍化が待ち遠しいところです。


 本日はじめにご紹介するのは、その2016年最優秀賞受賞作品『イ・ソンドン クリーンセンター』(著クォン・ジョンヒ)。ドラマ化、ウェブコミック化契約に続き、すでに台湾での翻訳出版が実現し、インドネシアの出版社との契約も成立している作品です。

 物語の1ページ目に登場するのは、幼き日のイ・ソンドン少年。横たわる彼の隣には、近所に住む大好きなサンファ姉さんが。そっと閉じられたまぶた、真っ赤に塗られた唇。今にも自分に言葉をかけてきそうなその唇に何気なく手を伸ばしたソンドン少年は、あまりの冷たさに慌てて手を引っ込める。彼女の体が発する冷気にガタガタ震え始めたソンドン少年の耳に、懐かしいサンファ姉さんの声が。
「寒くない?」
 あれ?
 思わずガバリと立ち上がったソンドン少年が目にしたのは、彼に向かって両手を広げるお姉さん! うれしくなって抱きついてみると、お姉さんの温もりが伝わってきた。彼女はソンドンを優しく抱きしめながら、自分の乗ったオートバイが沈んだ(韓国ミステリーおなじみ)貯水池の場所と、クモの入れ墨をした男について話し始める。そんな話を聞きながらも、大好きなお姉さんに抱きしめられうっとりするソンドン少年。…でも、おかしい。冷たく横たわるサンファ姉さんはまだそこに、棺の中に横たわっているのになあ…。

 …裏表紙にも書かれているので、サクッとネタバレしてしまいますと、ソンドンは死者の姿を見ることができ、死者と話せる特殊能力の持ち主。そんな奇妙な能力があることを隠したまま成長したソンドン青年は、ひょんなことから孤独死の現場や殺人現場の清掃をする「特殊清掃業」を営む会社を任されることになります。現場の匂いがページの間から漂ってこないのは、まったくもって幸い。彼のほか、ソンドンを困らせることが生きがいのようなメンドクサい先輩ジョンギュと、向こうみずな帰国子女ボラの3人が、いろんな意味でクサい現場に出向きます。
 職業柄、否応なしに出くわす数々の死者。ジョンギュたちにバレないようにこっそりと彼らの声を聞き、無念を晴らし、彼らを見送るソンドンですが、実はある事件の真相を追っています。それは、両親を亡くした幼い彼を引き取ってくれた祖父母の殺害事件。この世のものとは思えない恐ろしい形相で倒れていた祖母。白目をむいて倒れていた祖父。服毒自殺として処理されたにもかかわらず、当時事件を担当していたカン刑事は長年それを疑問視し、捜査が打ち切りになった後も密かに調査を続けていました。そんなカン刑事の身にも魔の手が迫り…。ソンドンはカン刑事が作成した調査書を入手し、しばらくぶりに幼少期を過ごした村を訪れます。そこには、「ソンドン少年」では知り得なかった黒いオトナの世界が、20年前のサンファ姉さんの事件にも繋がる事実が待ちかまえていました。 
 素材的にはホラーファンタジーなのですが、老々介護が生んだ悲劇や若年層の貧困問題など、日常に溶け込んだ人間ドラマ的要素が強い印象。もちろん、清掃依頼を受けた高級外車からナゾの高額預金通帳が見つかったり、ならず者たちに命を狙われたり、火災現場で少女が壁をすり抜け助けを求めてきたりと、エンタメ要素も味わえます。この10月にはミュージカルにも生まれ変わり、観客の熱い涙と笑いを誘っています。コチラコチラでちらっと雰囲気を味わえますので、よろしければご覧ください。


 お次はソウル(霊魂)繋がりということでワタシの大好物、チョン・ゴヌの長編小説『考試院奇譚』考試院コシウォンというのは、韓国の住居施設の形態の一つ(最近では宿泊施設として人気のコシウォンも出現しているらしい)。棺桶よりはマシレベル、もしくは棺桶そのものとも表現されるほど、賃貸料が安い代わりにとにかく狭く、壁が薄いのが特徴で、夢を叶えようと田舎から出てきた若者や浪人生、日雇い労働者たちの哀愁漂う仮の住まいといったイメージが強い「コシウォン」。そこに生きる人々の人生を描くとともに、隣人へ関心をもつことの大切さ、連帯感と友情、そして愛! をスリルとファンタジーたっぷりに描いた作品です。
 取り壊しが予定されているその建物の名は「コムンコシウォン」。韓国語で「勉強」を意味する「コンブ」の「コン」と「門」を意味する「ムン」をくっつけて「コンムン」コシウォンと名付けられていたのですが、古くなった看板から一つ目の「ン」がはがれ落ち「コムンコシウォン」=「拷問コシウォン」になってしまったという芸の細かい設定。そこには、互いが互いに関わりを持たないよう、息を潜めながら8人の住人が暮らしています。寄る辺のない社会的弱者ともいえる彼らの中に、実はとんでもない悪事を企てる悪魔が一人…。
 主人公的存在として登場するのは、隣に住む男と壁越しに話すことを楽しみにしている303号室の住人ホン。ミステリー好きという共通項をもつ二人は意気投合し、毎晩、(壁越しの)話に花を咲かせますが、ある日、男が忽然と姿を消してしまいます。彼の消息について手がかりをつかもうと奔走するホンは、彼を知る重要人物に接触。その男からの電話でやっと真実を聞き出したホンですが、衝撃の事実に当惑する彼女の背後から湿ったハンカチを握る手が伸びる、ホンの姿が310号室に消える!
 そのほか、出稼ぎ労働の勤務中に遭遇した事故のせいで「変なモノ」を手に入れてしまった外国人労働者や、「グッバイストレス」という店で「毎日死ぬ(恐ろしい)仕事」をして食いぶちを稼ぐ男、現役JKアサシンなど個性的な住人たちが登場。互いに干渉しないように暮らしてきたはずなのに、住人の一人が、悪魔の企てた計画を偶然知ったことで事態は急変。迫り来る危険を回避しようと住人たちが少しずつ距離を縮めていく姿に、人間っていいな、と思わずにはいられません。
 章ごとに一人の住人の生きざまが語られますが、まったく違う人物を主人公にしておきながら、どの章も一つの事件に向かって進んでいます。で、各章ごとに「えーーーー!」と突き落としておいてからの、ハイ、次の章、という構成はさすが! 終盤の加速も止まりません。企画段階から映画化、ドラマ化を念頭に置いて制作したというだけあって、映画化の版権が売却済みとのこと。閉ざされた部屋から聞こえる悲鳴、蛇のような目をした310号室の不気味な男、今回この作品をもってきた理由でもある「霊魂」、そして各章の間に配置された不思議なネコたちの物語と、ホラーファンタジーの旨みを前面に出しつつ韓国社会の歪みや不均衡を嘆き、弱者に寄り添う作家チョン・ゴヌ。彼の紡ぎ出す「背筋を凍りつかせながら味わう人の温もり」を描いた世界に、日本の読者の皆さまも浸っていただける日が来ますように。
 チョン・ゴヌは非常に幅広な活躍をされている作家で、ソンビアンソロジーにSFアンソロジーに冷麺アンソロジーにと、とにかくアンソロジーに収録されている作品が多い! この秋にもすでに2冊のアンソロジーに作品が掲載され、エッセイも出版されます。こりゃ寝る暇なく読み続けにゃならんな…と心を新たにしているところです。

 今年の掲載は今回が最後になります。この1年もおつきあいくださいましてありがとうございました。また来年も、韓国ジャンル小説ともども、どうぞよろしくお願いいたします!

【オマケ】
  先日、札幌でものっすごいピンポイントで上映されたソウル(霊魂)モノ大傑作映画「神と共に」のDVD、Blu-rayがどちらも第一章&第二章のツインパックで11月6日発売。見逃したジャンル小説マニアの方はぜひ!

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。

『イ・ソンドン クリーンセンター』ミュージカル














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