ロンドン ブックフェアで鍛えた(?)楽観力

ここは毎年4月に開催されるロンドンブックフェアのライツセンター。各国の版権権利者(出版社やエージェント)と会い、何か面白い作品はないか、各社のライツリストを見ながら打ち合せをするところ。私Yは数ヶ月前に翻訳書編集部に異動してきたばかりの新参者。ブックフェアには何度もきている経験豊富なベテラン同僚について、今回が初めてのブックフェア!ベテラン同僚から渡されたスケジュール表には朝9時から夕方18時まで、30分刻みでアポイントメントがうまり、○○社→○○社→○○エージェントと、テーブルからテーブルへめまぐるしく移動し、ばりばりと打ち合せしているはずでした、今ごろ。ところが…

目の前に広がるのは、ところどころ人影はあるものの、全体にはシーンとしずまりかえっているライツセンター。なんと、フェア会期直前にアイスランドの噴火の影響でロンドンをはじめ、ヨーロッパのほとんどの空港が閉鎖してしまい、海外の権利者がロンドンにこられなくなってしまったのです。「あっちもこっちも、みんなが大声でまくしたてているので、うるさくて相手の声が聞こえにくいし、こっちもどなるように話すので喉がガラガラになるんですよ」「トイレがものすごく混むので、早めに行っとかないと大変なことになりますよ」「フードコーナーは長蛇の列だし、何しろ高いので、食べ物は持っていったほうがいいですよ」ベテラン同僚から事前に聞いていたアドバイスもむなしく、トイレは行き放題、食べ物は買い放題、ひそひそ声でもじゅうぶん聞こえる静寂。いえ、海外の権利者がこられなくなったとはいえイギリス国内の権利者はいますし、果敢にも陸路+ユーロスターでやってきたフランスや一部ヨーロッパの人たちもいますから、ちゃんと仕事はしていましたよ。でも、“殺気立つほどの忙しさ”とは程遠く、なごやかな雰囲気の中、イギリス人からは“おお、よく来たよく来た”“帰りの便はいつ?大丈夫、飛ばなかったらゆっくりロンドンステイを楽しんでいきなよ〜”と親戚のような温かい?言葉がかけられます。

 キャンセルになったミーティングの時間、ベテラン同僚とふたり顔を見合わせて、つい口にでてしまうのは「どうなるんだろう私たち」。そしてため息。空港が閉鎖してはや数日。市内の出版社との打ち合わせのためにフェアの約1週間前にロンドン入りしていた私たちですが、その2日後に突然の火山騒ぎが勃発しました。そして、フェア直前にくる予定だった弊社・他部署の人間から「飛行機が飛ばなくなったから行けないよ」と連絡がきた時点では「あ〜らお気の毒に。私たちは一足先にきていてラッキーだったね」と余裕の笑みだったのですが、さらに1日2日、空港閉鎖の状態が続くと、「もしかしてラッキーなのはあちらで、ロンドンにこれてしまった私たちがアンラッキー!?」と顔が青ざめ始めました。帰国日まで5日、4日とカウントダウンが始まっても空港閉鎖のままいっこうに状況が変わらないと、いよいよ帰国延期を本気で覚悟。予約していた航空会社に問い合わせると「その便が飛ばないかどうかは前日夜にならないと正式決定できないので、それからでないと予約の取り直しはできません」。そして「現在ロンドンに足止めされキャンセル待ちをしているお客様からのじゅんばんになります」との回答。えっ、ということは、空港が再開してもすぐに乗れるわけじゃないの?と軽いパニック。電話じゃらちがあかないから直接航空会社のオフィスへ出向こう。顔と顔をあわせてうったえれば気持ちが通じるよ!とこの時点で考えることが支離滅裂に。もとからあまりない理性を完璧に失います。そして駆けつけたオフィスで目にしたのは、すでに何日もキャンセル待ちをしているジャパニーズ・ビジネスマンのツワモノたちがひしめいる光景。「君たちキャンセル待ち何日目?えっまだこれからなの。ふふふ、いーねー」と私たちをまるでひよっこ扱いです。「僕たちはもう一週間待っているんだけど、ようやくパリまでのユーロスターを確保してね。とはいってもパリから飛ぶかわからないから、あとはスペインにフェリーで渡って帰るか迷っているんだけどね(スペインの空港は開いていたのです)」いくつものルートにキャンセル待ちを入れ、上位にあがるようにあの手この手で圧力をかけ(効果があったのかは不明ですが)、同時にそれぞれのルートでちゃんとマイルが加算されるかを窓口のお姉さんにしつこいほど確認しているツワモノたちをみて、ベテラン同僚と私Yは言葉を失いました。私たち甘かった。私たちにこんなパワーはない。顔を洗って出直そう。帰国便が正式にキャンセルになってから考えよう、、、。

 そして、じわじわとわいてきたのが楽観力(何も考えてないだけ!?)。

飛行機が飛ばないんだから会社にも家にも立派な言い訳がたつものね。何も突然の内乱で身の危険におかされている、というわけではないし、待っていればいつかは帰れる。だったらせっかく延泊するんだし楽しまなきゃ。(その時点でゴールデンウィークまであと1週間)いくらなんでもゴールデンウィークには再開するだろう。だって日本からの観光客がこれなかったらものすごい損失になっちゃうもんね。(→根拠なし。すでに1日あたりものすごい損失を重ねていてイギリス政府に対する各業界からのプレッシャーがすごかったらしい)ってことは、あと1週間ロンドンでフリータイムがあるってこと?これはもしかして神様がくださった(突然登場する神様)休暇?ふだんがんばっている(何を?)私へのごほうび?1週間あるんだったら、語学学校にでも行こうか。それとも湖水地方でもめぐってティータイムと童話の世界を楽しもうか。いやあ、今となれば“そんなこともあったね〜”と思い出として話せるけど、あのときは真剣に考えてました。そして日々楽観力を鍛えたおかげか、無事に帰国前日に空港が再開し、予定の便で帰れたのです。終わってみれば何事もなかった。でもあのときの不安→パニック→妄想楽観力は経験したものにしかわからない。嗚呼、今回でどれだけの幸運を使い切ってしまったのかしら。