インフルエンザで熱をだして判断力がおちているのを見透かしたように、「無料奉仕どうですか〜」なメールをいただきました。理性病んでます。

 依頼人は、わたしのような腐海の住人の食性が知りたいのだそうです。しかし百人いれば百通りの好みがありますからね…。自分、この世界のヌルい浅瀬で生きてますので深淵に住む方々のカップリングなんてわかりません…。なんの話なのか理解出来ない方がおられるでしょうけど、わたしもよくわかりません…。全てインスマス、じゃなくてインフルエンザが悪いんですよ…。

ファージングI〜III (創元推理文庫) [文庫]、ジョー・ウォルトン (著), 茂木 健 (翻訳)

「『ファージング』、図子さんはお好きでしょう?」

 何人かの業界の方に聞かれました。

 女性作家、ゲイであることを隠しているスコットランドヤードの刑事が主人公。その設定を聞いた瞬間、わたしの中で何かのスイッチが入りました……。が、しかし!

 無料なので正直に書きます(でも本はもらっちゃったんすよ…)。萌えセンサーは発動しませんでした。惑星イトカワ目指して補助エンジンオッケーの完全萌え装備でのぞんだのに、ファーストクラスでロンドンにいって帰ってきましたよ、ぐらいに方向がちがってました。普通に健全な傑作でした。(誉めながらこんなに後ろめたい気持ちになるとわかっていたら、自分で買うんだったよ! 失敗した!)

 読み終えるまで寝かしてくれない本でしたので(徹夜で読んで翌日は一日寝て呆けていた)、旅行には絶対持っていかないほうがいいです…。

 ゲイの主人公の恋人が、オネエ系というのが、一番残念な部分ではないでしょうか(アンケートをとって聞きたいです…ションボリしたのはわたしだけじゃないよね?…)。対等な立場のワーキングカップルでいてほしかった(涙目)。とはいえ3巻めの少女二人の友情はかなり妖しくて美味しいです。これ以上書くと、自腹で買った清らかなファンの方に文庫の背でぶん殴られそうですので、やめときますが。

 歴史改変小説としてはとても正しい傑作。

死者の季節 〈上下〉 (ランダムハウス講談社文庫) [文庫] デヴィッド・ヒューソン (著), 山本 やよい (翻訳)

 今だれかが「フッ」と鼻で笑う声が聞こえたような…。「やっぱり」といわれそうですが、このシリーズの話だけはしておかないと。だって、すごく王道の刑事コンビがでてくるんですよ! 不細工で情のあるオッサン刑事と、相棒のスリムでハンサムな元陸上選手の若手刑事。このコンビに、孤独な一面をちらちらみせる渋い上司が絡んでくるんです。もうデヴィッド・ヒューソン、キャラ立てが絶妙すぎて、男性作家とは信じられません(最高の誉め言葉のつもり)。

 全員ストレートですが、そこがまた妄想できる余地があっていいのです。女性キャラもみんなキャラ立ちしてて、脇役ですら美味しい。ザビエル禿げの解剖室の助手ですら、かわいく愛おしくみえてくるんです。なんという魔力に満ちた筆力。

 耽美で、芸術的で、カラヴァッジョの絵が好きな女性にはたまらない傑作シリーズです。ここでは、シリーズ最初の『死者の季節』をあげておりますが、続刊はどこから読んでもどれを読んでも面白いですが、やはり最初のこの作品から読むのがおすすめ。

 最新刊は、『蜥蜴の牙』です。刊がすすむにつれて、若いニックから、だんだんと渋いファルコーネ警部に作者の視点が移っているところなんて、「生みの親も惚れてるんすね、警部には」なんて呟きたくなったりして。

 こういう書き方は男性読者にはまるで配慮してない、というか人類のもう半分のことを、今思いだしましたが、カラヴァッジョやイタリア美術のお好きな方におすすめ。イタリア料理とワインで女性をくどきたい人にも勉強になるかも。(ごめんね、テキトーで)

 30年若かったら、ファルコーネ警部本を作ってますね…フー…。内容は聞かないでください。

ボーン・マン (文春文庫) [文庫] ジョージ・C. チェスブロ (著), 雨沢 泰 (翻訳)

 絶版です。ごめんなさい。

 ニューヨークの街角で、記憶喪失の男が雨に打たれていた。というとマット・デイモン主演のあの映画の原作みたいですが、このボーンは人間の大腿骨を持ち歩いております。

 ホームレスであっても、身ぎれいで、育ちのよさを感じさせる生活習慣などで、名前のない男ボーンの背景がおのずとわかります。この表現方法に、当時ライトノベル作家のわたしは衝撃を受けました。生活習慣が人を作るんですね。参考になりました。

 主人公のボーンもいい男なのですが、その相棒になる街の吟遊詩人というか、ホームレス仲間の黒人の大男のズールーの描写がすばらしいのです。

 街角で詩を朗唱する彼は、ニューヨークにいながらサバンナの野生を感じさせます。狩人で詩人で、その直感で、ボーンを街角から拾いあげるのですね。

 ズールーは、キャラクターとしてあまりに完成されてましたので、影響を受けた英語圏の作家は結構いるんではないでしょうか。他の作家の本でズールーに似たキャラクターをみつけることがあり、もしかしたらと思ったりもします。

 このボーンとズールーは、ニューヨークの街を駆けめぐり、地下鉄にもぐり、終盤では危険な地下トンネルに、互いの命を預けあって潜ってゆくのです。この体育会系のタッグがすばらしすぎて、恋人役含むその他がかすんでます。これ、男二人だけでよかったんじゃあ…。

死にいたる愛 (扶桑社ミステリー) [文庫]

デイヴィッド マーティン (著), David Martin (原著), 渋谷 比佐子 (翻訳)

 これも絶版。

 腐った愛といえばこれにトドメを刺すでしょう。こんなメロドラマ、ほかに知りません。

 ノンケの幼なじみの主人公に、愛を捧げつくした吸血鬼のゲイの話なんですから。

 作者は、哀切な傑作『嘘、そして沈黙』のデビッド・マーティンです。『死にいたる愛』は正確にはミステリーじゃないんですが、作者的には本来書きたかったものはこういうものであって、ミステリーじゃないんだろうなと思います。

 人物配置はB級のフリークス。台詞のひとつひとつは詩のように美しく文学的。このアンバランスさが、受けなかった理由でしょう。思うに。

 変態の殺人犯を描いているだけかと思っていたら、作者が本物だったので、普通の読者が引いてしまったんでしょうね…。翻訳もののミステリーファンは、国内のミステリーファンより保守的な人が多いのか、ゲテモノはランキングからは無視されております。日陰の花は日陰に置いてこそ美しい…わけがない、売れてもらわないと続刊が読めないから困るんですよ。

 ゲテモノ傑作が多い扶桑社ミステリーさんには、ぜひとも頑張ってほしいものです。

 今、D・マーティン、どんなものを書いているんでしょうか。なんとなく色んな意味で、地上にいなさそうな気がするんですが。まあしかし牧野修氏や小林泰三氏のように普通の人間のふりをして暮らしているのかもしれませんし…、消息をご存じの方がいらしたら教えて。

炎の証言 (扶桑社ミステリー) [文庫]

シェリー ルーベン (著), Shelly Reuben (原著), 桃井 健司 (翻訳)

 絶版。

 ボストンの折り目ただしい保守的な弁護士が、火災調査専門の私立探偵と組んで、燃えたクラシックカーの出火原因を探る、という話です。

 古きよきアメリカ風味がただよっておりまして、ふたりの間にはなんの怪しい点もないという。萌えは人じゃありません登場するセダン型デューセンバーグですよ。世界一デラックスで美しいと称えられた限定生産車。デューセンバーグが豪勢に燃えたあとの残骸も、まるで写真をみるように鮮明に描写されておりまして興奮します。

 キャラもストーリーも、地味ながらのよさが、きらりと光って忘れがたい。

 真面目に働く人に対するリスペクトが行間にただよっていて、こういうのは『死の蔵書』のジョン・ダニングやトマス・クックにつながるラインだなと思ったり。

 男やもめの折り目ただしい探偵ものが一時期はやっていたのですが、最近はめっきり翻訳されなくなりました。このルーベンの作品も読み返してみると、アメリカ覇権主義的な記述が結構多いのでちょっと驚きます。刊行されたときは、まったく気にならなかった部分なのですが。逆にいえば、現在刊行されているアメリカのミステリが、自国に対して懐疑的になってるんだなあ、と思ったり。

 車は燃えても人はあんまり萌えてなかったですが、眠くなってきたからです…。そう、本を読み返さずに書いているのです。(本当にボストン在住の弁護士だっけ?)

 これで五冊? 短いですね〜。わが秘蔵の絶版本も並べてみました…(いや、並べたらだめだろ…)。翻訳物愛好家にとって、海外ミステリは新刊のときが勝負。もうあっというまに絶版になりますから。

 しかし、ここまで書いてみて、翻訳物を読みたくなった人が増えた気が全然しないんですが…。まあ力は尽くしました。わけのわからない汁もいれてみました。全部インスマス…、じゃなくインフルエンザが悪いんです。

 途中不適切な言及がありましたが、魔界の人たち、許してください…。

晩夏 (創元推理文庫) [文庫]

図子 慧(著)

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫) [文庫]

ジョー・ウォルトン (著), 茂木 健 (翻訳)

死者の季節 〈上下〉 (ランダムハウス講談社文庫) [文庫]

デヴィッド・ヒューソン (著), 山本 やよい (翻訳)

イケメン刑事と不細工刑事

ラザロ・ラザロ (ハヤカワ文庫JA) [文庫]

図子 慧(著)

ダルジールの死 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) [新書]

レジナルド・ヒル (著), 松下祥子 (翻訳)

デヴ上司とイケメン部下

ユダヤ警官同盟〈上下〉 (新潮文庫) [文庫]

マイケル シェイボン (著), Michael Chabon (原著), 黒原 敏行 (翻訳)

イトコ同士刑事

図子 慧(ずし けい)

1960年愛媛県生まれ。1986年、『クルトフォルケンの神話』で、集英社コバルト・ノベル大賞に入賞。

ミステリ、SF、ホラー、サスペンス、ファンタジーなど、ジャンルを問わず多彩な執筆活動を展開。

著書に、『駅神』『閉じたる男の抱く花は』『君がぼくに告げなかったこと』など。

公式サイト「次のページなどない!」http://zushikei.blogspot.com/

Twitterhttp://twitter.com/zusshy

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