みなさんこんばんは。第27回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。

 11月。ちょっと風が冷たくなり、夜の時間が長くなるにつれ、読書の時間が自然に戻ってくる気がします。思えば私は小さな頃から夜に本を読むのが好きなこどもでした。夜には物語の世界が昼間より近づいてきて、より深くその世界に入り込める気がしていたのです。特に不思議な民話や怖い昔話が大好きでした。字が読めるか読めないかの小さい頃から「おやすみのおはなしして」と父や母に寝付くまで読み聞かせをせがんでは、おはなしの展開が気になって全然眠らず、疲れて寝落ちた親を何度も揺り起こしていた記憶もあります……これ、本好きの皆さんには結構共通する記憶なのではないでしょうか。親も毎回は付き合ってくれないので、自分で勝手にお伽噺のその後の展開を妄想していたら夢でうなされたことも。

 民間伝承という言葉を知らなかった小さな頃から、私にとっては「遠く離れた土地の独自の言い伝え」を知るのは何かと心ときめくものでした。考えてみたら、今でもミステリやファンタジーを読むときにも「その土地ならでは」の要素があるものが好きなので、根が変わってないですね……。

 というわけで今月ご紹介するのは、そんな「語り継がれてきた物語」についての物語です。「お伽噺を語ること」が生きることそのものにつながっていくノラ・トゥーミー監督のアニメーション長編『ブレッドウィナー生きのびるために*)』。来月12月20日から劇場公開の作品です。

(* ご存知の方も多いと思いますが、今作は劇場公開に先行する形で昨年から『生きのびるために』の邦題でNetflix配信されています。私は地方都市住まいなのですぐに劇場では見られないためNetflixで鑑賞したのですが、劇場で見られる方には是非劇場鑑賞をおすすめしたいので、ここでは『ブレッドウィナー』の題で表記します)

■『ブレッドウィナー』 (The Breadwinner)■

公式サイト: https://child-film.com/breadwinner/

あらすじ:2000年代初頭、タリバン政権下のアフガニスタン。この土地にまつわる昔話を教えてくれた父と一緒に、荒廃したカブールの道端でほそぼそと家のものを売りながら暮らしているパヴァーナは11歳。ある日、突然家に押しかけてきた兵士たちが父を連れ去ってしまう。家にはパヴァーナの他に母とまだ小さな弟、姉だけしか残されていない。そしてここは女性が一人で外に出ることを許されない社会。パヴァーナは髪を切り、少年のふりをして家を出て、お金を稼ぎ、日々の糧を持ち帰るようになる。そして彼女は、父親を救いだす方法を探そうと決意するのだが……

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』 『ブレンダンとケルズの秘密』でおなじみのカートゥーン・サルーンが手掛けているのだから間違いないクオリティだろうと予想していたさらにその先を行く、凄いアニメーションでした。どこまでも厳しい物語でありながらユーモアと優しさを忘れることなく、同時に過酷な社会を過酷なままに描ききる、圧倒的なハードボイルド少女映画です。

 序盤で「もうお伽噺が好きなこどもではない」と父親に反発していたパヴァーナは、すぐに「こどもであること」を許されない状態になっていきます。女性であるという理由で奪われる自由のみならず、あらゆる点であらゆる者が精神的にも身体的にも脅かされることが日常化した世界は見ていて息が詰まるほどに悲しい。それでもこの作品は、街角を走り抜けていくパヴァーナたちの輝きを、小さな弟が「おはなし」を求める姿の愛らしさを、腐敗した社会のなかでも確実に存在しうる人と人の心の結びつきを、鮮烈に写し出していくのです。

 映像として「質感」の表現にも注目です。衣類のぼそぼそ感、痣の生々しさ、土埃の舞う風の街の景色。シンプルなキャラクターの描線を際立てる、細部のおそろしく丁寧なタッチ。さらにパヴァーナが語るお伽噺=劇中劇パートには「超豪華な紙人形劇のアニメ再現」とでもいうべき趣向が凝らされており、刺繍で綴るような美術に魅せられます。「パヴァーナが語る物語に別の人がその場の思いついた展開が飛び込んでくる」アニメーションならではの自由な語り口を生かしたユーモラスな表現も素敵でした。

 アフガニスタンの歴史を美しいお伽噺として語ってくれた父の言葉は、パヴァーナの口から語られることで「彼女たち自身の物語」として再生されていきます。そう、これは主人公=「私」の物語であると同時に、「私たち」の物語でもあるのです。古くから戦場になり続け、心理的・物理的抑圧を受け続け、それでもこの土地で生きてきた「私たち」から決して奪えない物語。クライマックスのエモーショナルな展開は、是非劇場でお確かめください。
「さあ、語っておくれ、私たちの歴史を、私たちの国を――物語にすれば忘れないだろう?」

 物語についての物語を愛する全ての人に届きますように……と願わずにいられない、この冬の必見作です!

NETFLIX 生きのびるために

(https://www.netflix.com/jp/title/80217121)


■よろしければ、こちらも1/『ブック・オブ・ライフ~マノロの数奇な冒険~』



「土地の文化」を通して「生きることは語ること」を描いたアニメーション映画では、『ブック・オブ・ライフ』も好きな作品です。こちらは極彩色と髑髏にあふれた愛と勇者の詩。プロデュースがギレルモ・デル・トロだけあって超絶美麗かつ微細な背景で、臆面もなく愛を歌う(比喩でなく文字通り歌う)超ロマンティックなメキシカン・ファンタジー・アクションになっています。

 闘牛士一家に生まれながら音楽家になりたい大人しい青年マノロ、脳筋タイプのホアキン、勇敢な娘マリアの幼馴染の3人、その恋の行方が死者の国の支配者ラ・ムエルテとシバルバの賭けの対象になったことから大変な事態が……というお話がメインなのですが、特徴的なのがこの構成。これは「博物館のおねえさんがこどもたちに聞かせてくれる、生命の本(BOOK OF LIFE)と死者の日のお話」なのだと最初から明かされていて、「人形劇」として展開されるのが実に面白い味わいです。また、それを踏まえて最後のほうで明かされる「語られた理由」の仕掛けには、ちょっとミステリ的な(そういう話だったのか!)の面白さもあるのではないかと!


■よろしければ、こちらも2/ピエルドメニコ・バッカラリオ『コミック密売人』


「ぼくらにお話が必要な理由」の「お話」は民話や伝説とは限りません。ピエルドメニコ・バッカラリオ作のこのYA小説の場合の「お話」はコミック。「イタリアの作家が、ハンガリーを舞台に、アメコミに夢中な子たちの話を書いて、それを日本語で読める」ということも嬉しくて、とても気に入っている作品です。

 舞台は1989年のブダペスト。「西側に毒された物語」が危険視されていた(実際にはこの時期はもう少し雪解けしていたそうなのですが)場所。ある人から「非合法の資本主義国家のコミック」を譲り受けた主人公は仲間たちとそれを学校で貸し出して稼ぎを得ているのですが(読めない文字で書かれていてもコミックは常に大人気)、主人公と親友は読むだけにとどまらず、一緒に創作を始めて……というだけでぐっときてしまうというものです。僕らが考えたダークなコミックキャラクター「フォッグ・グレイ」の設定や彼が暗躍する都市。「秘密」で仲間と結びつき、ダークヒーローと自分を重ねながら、夜の街を走り抜けていた日々。でも、あることから現実に直面せざるをえなくなって――エピローグには胸いっぱいになること必至です。

 こうした「子どもたちと物語」の物語について思いを巡らせていると、小学校の図書室で本に囲まれたときの「世界はまだ私が知らないお話にあふれている!」と感動しながらも「絶対に読みきれない数の物語が存在する」ということにちょっと怖くなったのを思い出します。大人になっても世界にはまだ出会っていないお話がたくさんあるし、これからも生まれ続けるので、「まだ出会ってない物語」はきっと減ることはないのでしょうね。なんだかその事自体に昔とあまり変わらずワクワクしながらうっすらビビっている自分がいるなあ……などと感じつつ、それでは今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。



『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』予告編


『ブレンダンとケルズの秘密』予告編

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