今回ご紹介する原書は、わたくし犬好き翻訳者のカタヤマがジャケ買いならぬ表紙買いした作品。青空の下、長毛の大型犬が野原をのんびり散歩中。ああ、いいなぁ。大型犬の鷹揚な感じが出ているなぁ。このいかにもお嬢さま犬っぽい大型犬が活躍するミステリなのかなあ。のどかな雰囲気だけれど、ストーリーもゆったりとしているのかな、どれどれ……と読みはじめたら、止まらない! やった! (表紙買いした本がおもしろかったとき、まるで博打で大当たりしたかのような勝ち誇った気分になるのはなぜだろう?)

 主人公は5カ月半前に15歳年上の最愛の夫を亡くしたウィスキー。酒豪の未亡人かと思えば、とりたててアルコールとは関係がないらしく、亡夫が残した不動産会社をしらふでいたってまじめに経営している。ミシガン湖沿いのリゾート地マグネット・スプリングスの物件を中心に扱っているため、物件が増える観光シーズン前は大忙しだ。

 ウィスキーはしばしば近所のマッサージ・サロンを訪れる。友人のヌーナンに疲れた体を揉みほぐしてもらいながら世間話に興じるのだ。

 彼はここに横たわっていたの。いまのあなたと同じようにね。ただ、あちらは死んでいたけど。

 これは第1章の冒頭、ヌーナンのセリフだ。さて揉んでもらおうと治療台の上で体を弛緩させていたウィスキーは、きっと瞬時に全身が硬直したにちがいない。「もちろん、シーツは替えたわよ」とかそんな問題ではなく、さっきまで死体があった場所に自分が寝ているだなんて、想像しただけで寒気がする。

 ともかく、このリゾート地にふらりとやってきた30代の男性客が、ヌーナンの施術中に心臓発作で死んだという話から物語が始まる。

 亡くなった男性は偽名を使ってサロンを訪れ、施術中のおしゃべりでも自分の出身地やこれから向かう土地についても嘘をついていた。いかにも健康そうな体だったが、ヌーナンが気づいたときには死んでいた。

 すぐに男性の妻エリアナと彼女のきょうだいのエドワードが、国境を越えてカナダからマグネット・スプリングスにやってくる。男性が心臓発作で突然死するには若くて健康体だったので、警察に協力して死因を確認するためだった。また、エリアナは夫がこのリゾート地で誰かと秘密の関係を持っていたのではないかと疑っていた。そこで腰を落ちつけて調査し、夫の不倫相手を探すことにしたエリアナは、ウィスキーの会社の仲介である家を借りた。

 ところが、その借家に強盗がはいり、エリアナは頭を大理石のブックエンドで強打されて殺害される。彼女の死体を発見したエドワードはさぞかし打ちひしがれているだろうと思いきや、意外に落ちついていた。そして、警察はエドワードも偽名を使っていることをつかむ。静かなリゾート地で立て続けに人が死に、しかも当事者が身分を偽っている——いったいこの事件はどこへ向かうのだろう?

 エリアナに物件を紹介したウィスキーは成り行き上、警察の捜査に協力することになってしまった。客商売の身としては、殺人事件にかかわるのは好ましくない。おまけに不運なことに、このところ彼女の会社や仲介物件に事件が続いていた。高価な絵画が盗まれたり、リゾート地の物件には欠かせない警報装置に不具合が見つかったり、部下のミスで顧客から苦情が寄せられ、不動産業界団体から加盟店としての規約違反を問われたり。ああ、トラブルはもううんざり……というウィスキーのぼやきが聞こえてきそうだ。

 そんなこんなで疲れきっているところに、ウィスキーは亡夫レオの置き土産アブラの悪癖に振りまわされる。生前、レオがたいそうかわいがっていたこのアフガンハウンド犬は、正直なところウィスキーにあまりなついていない。レオは車を運転中に心臓発作を起こし、そのまま交通事故で即死したが、そのとき同乗していたウィスキーは怪我、アブラは無傷だった。アブラはその不幸な事故を理解しているかのようだ。「どうしてウィスキーが生き残って、あたしのレオが死んだのよ!」とでも言いたげに高慢ちきなお姫さまよろしく勝手気ままにふるまう。そして、あろうことか他人様のハンドバッグやら財布やらをひったくるのがご趣味ときている。そのひったくりの腕前たるや、地元の判事が「犬を裁くわけにはいかないので、なんとかならないかね」とウィスキーにアブラの管理徹底を申しわたすほどの鮮やかさだ。おまけに、たまたまひったくった財布から、なんと切断された人の指が見つかり……そう、わたしが「いいなぁ。のどかだな」と思った表紙のイラストは「ザ・ひったくり」犬の絵だったのだ!

 そんな平穏とは無縁な毎日、一見、元気に仕事をこなしているように見えるウィスキーだが、実はまた夫レオの死から立ち直っていない。レオが大切にしていたアブラといまひとつ心を通わせられないのも悩みの種だ。だから、以前からアブラに異常な関心を示していた変質者にアブラを誘拐され、のちにアブラが家に帰ってきたとき、ウィスキーが「レオの一部を取りもどした気分だ」と語る場面にはほろりとさせられる。

 また、この作品の脇をかためる登場人物たちがおもしろい。冒頭に登場するウィスキーの友人ヌーナンはスピリチュアル・カウンセラーで、誰かがどこかで止めないと、どこまでもディープなスピリチュアル世界について語りつづけるし、ウィスキーの部下オデットは、まるで超能力者のように電話の声だけで相手の人となりを言いあてる名人。そして、アブラに手を焼くウィスキーを見かねて、アブラのしつけ係を買って出るのがウィスキーの隣家の少年チェスター。著名なシンガーで留守がちな母とふたり暮らしの彼は、まだ8歳ながら妙に大人びていて、やすやすとアブラを手なずけ、ウィスキーのアブラに対する態度に意見する。どの人物も個性豊かで、それぞれの顔を思い描けそうなくらい、くっきりはっきりとキャラ立ちしているのだ。

 表紙の犬につられて買ったペーパーバックでたっぷり楽しませてもらったこの作品はウィスキー・シリーズ第1作で、現在5作目まで刊行済み。第1作のみkindle版も手にはいる。

題名(AmazonJPリンク) 刊行年など 表紙

 著者ニナ・ライトはミシガン湖畔と犬をこよなく愛しているといい、静かな湖畔リゾートの町で起こる事件とウィスキー(とアブラ)の物語はまだ続くのではないかとおおいに期待している。

ニナ・ライト公式サイトhttp://www.ninawright.net/index.html

■片山奈緒美(かたやま なおみ)翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリの訳書はリンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズ。自他共にみとめる犬好きで、犬がらみの書籍の翻訳にも精力的に取り組んでいる。最新訳書は、事故で記憶を失い、車いす生活になった元英国軍人を救った奇跡の介助犬の実話『エンダル』(アレン&サンドラ・パートン著)。

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