書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

新年あけましておめでとうございます。今年もおもしろいミステリーがたくさん読める一年になりますよう、七福神一同を代表して祈念申し上げます。去る12月のお薦め本をお届けいたします。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

霜月蒼

『夜は終わらない』ジョージ・ペレケーノス/横山啓明訳

ハヤカワ・ミステリ

 長い冬の夜にじっくりひもとけば、大いなる感銘を与えてくれるクライム・フィクションの逸品。時系列を前後させる序章と終章が物語の輪を閉じるのでなく、書かれざる大きな物語=時間へと輪を開き、物語世界を大きく深く拡げるという見事な技巧もここにはある。誠実なゴツい拳を卓越した技巧で読み手の心に叩きこむ傑作。

千街晶之

『道化の館』タナ・フレンチ/安藤由紀子訳

集英社文庫

 広げた風呂敷を畳みきれていないという弱点がある作品。とはいえ、潜入捜査の緊迫感、容疑者たちとの交流からヒロインの中に生まれてゆく葛藤、そしてヒロインと策士型の上司との駆け引き……と、アクションを抑制して静かな心理的スリルをメインに、上下各四百数十ページの分量を一気に読ませる筆力は非凡である。

北上次郎

『死角』マイクル・コナリー/古沢嘉通訳

講談社文庫

 ハリー・ボッシュ・シリーズの第13作だが、例によって読ませる。

 シリーズものは長く続けば続くほど、パワーダウンするのが通例だが、このシリーズがそれを免れているのは、ボッシュがいつまでも強大なものと激しく闘って動き続けているからだ。今回も例外ではない。

 しかしボッシュが56歳になっているとは知らなかった。いや筋肉質の体を保っているので、ただの56歳ではないのだが。  

川出正樹

『夜は終わらない』ジョージ・ペレケーノス/横山啓明訳

ハヤカワ・ミステリ

 知名度に反してミステリの舞台としては圧倒的に不人気なワシントンDCだけれども、ペレケーノスの手にかかると、実に人間くさい魅力溢れる街に思えてくる。貧困、麻薬、人種差別といった重く困難な問題と向き合いながら生きる人々を通じて作者が投げかける、無骨だけれども真っ当な倫理観が心地よい。

吉野仁

『夜は終わらない』ジョージ・ペレケーノス/横山啓明訳

ハヤカワ・ミステリ

 黒人女性を妻とする白人警官が主人公ながら、二人の元警官による二十年前に起きた連続殺人事件捜査をじっくりと読ませる。サブストーリーまで堪能した。さすがペレケーノス。警察小説といえばタナ・フレンチ『道化の館』は成り代わり潜入捜査サスペンス+風変わりな館での犯人探しという組み合わせの妙あり。

杉江松恋

『ショパンの手稿譜』ジェフリー・ディーヴァー/土屋晃他訳

ヴィレッジブックス

 ジェフリー・ディーヴァーが指揮をとり、十五人の作家が参加したリレー長篇。成り立ちからまとまりのない内容を想像したが、伏線回収などの細部もきちんとしている。どの程度指揮者が関与したか、知りたいところだ。終章をディーヴァーが執筆しているため、クライマックスは彼の小説そのもの。ゲテ物好きの方に。

村上貴史

『死角』マイクル・コナリー/古沢嘉通訳

講談社文庫

 いつもの長篇よりずっと少ない頁数のなかでハリー・ボッシュの12時間をスピード感とツイストたっぷりに描いた一冊。放射性物質が生み出す皮膚感覚的なスリルも強烈だし、ロジカルに犯人を絞り込んでいく知的なスリルも堪能できる。上下巻でないからといって侮るなかれ。

 ペレケーノスとコナリー強し、の月間だったようです。正月休みはまだ日もあるでしょうから、こたつのお供にどうぞ。タナ・フレンチの長大作も、秋の夜長にはぴったりかと思います(ディーヴァーのリレー長篇は新幹線の中で読むのにどうかしらん)。次回の七福神もお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧