少々遅い御挨拶ですが、あけましておめでとうございます。2011年も「ふみ〜」をよろしくお願いします。今年は「ふみ〜」で流行語大賞を狙いますので(嘘)。

さて、今回は「キンジー・ミルホーン」シリーズ第五作『証拠のE』。ジャケットの登場人物紹介を見ると、「キンジーの前夫」という文字が。これまでキンジーの離婚歴については具体的に語られることはなかったけど、今度こそ過去のベールが暴かれる時が来たようだ。

 年末を迎え、家主ヘンリーも、前回の事件で親密な仲になったジョナ刑事も不在のサンタ・テレサでひとり寂しく過ごすキンジー。そんな彼女の元に、保険会社からある依頼が舞い込む。ウッド・アンド・ウォレンという会社で起きた、倉庫火災の保険金請求についての調査である。だが調査を開始した直後、彼女に不測の事態が襲う。銀行口座に覚えのない大金の振り込みがされているばかりか、キンジーがウッド・アンド・ウォレン社から賄賂を受け取り、事故に不審な点があるにもかかわらず揉消しを行ったという疑いをかけられてしまうのだ。いったい誰が彼女を嵌めようとしているのか?その目的は?身の潔白を証明するための、キンジーの戦いが始まる!

『D』では詐欺の被害者であったキンジーだが、今度は一転、保険金詐欺の加害者として疑われる立場になってしまう。『C』以降から、キンジーが自身に降りかかる火の粉を払うために探偵活動を行う、といったパターンが定着しつつあるように思われるが、濡れ衣を着せられたというだけあって本作のキンジーは爆弾で吹っ飛ばされても痛みをこらえながら捜査に向かうなど、今まで以上に必死な姿を見せる。

 さらに今回の作品では、ヘンリーやジョナ、行きつけの食堂の主人であるロージーといったお馴染のメンバーもほとんど登場せず、キンジーは事あるごとに孤独感に襲われることになる。加えてウッド・アンド・ウォレン社の経営一家であり、学生時代の友人であるアッシュと再会したキンジーが、セレブ妻へと変貌した旧友に劣等感を感じる場面まである。そう、この『E』はキンジーが寂しい「おひとりさま」の女性であることがこれでもかと強調されているのだ!それまでのシリーズでは、割とのほほんと独身生活を楽しんでいたように見えるキンジー。しかし、ヘンリーやジョナなど、頼るべき人物が周りにいなくなった途端、彼女は寂しい一人暮らしを送る、ただのか弱い女性と化す。鼻持ちならない嫌な金持ちであるアッシュの姉、エボニーにやり込められた後に、キンジーがひとりマクドナルドでやけ食いを始めたときは、余りにも不憫で私は涙を流しそうになった。

 そんな荒んだキンジーに追い打ちをかけるかの如く、物語中盤にキンジーの前夫、ダニエル・ウェードが突如登場。このダニエル、キンジーが「今まで見た男性の中で一番美しい」と別れた後も賛辞を送るほどのイケメンジャズピアニストなのだが、かつて麻薬中毒であった上に今もキンジーに未練たらたらで近づく、どうしようもないヘタレなのだ。しかもこのダメ男、キンジーの心をかき乱すばかりでなく、実は事件で重要な役割を果たし、挙句の果てには物語ラストでとんでもないことをカミングアウトする。そりゃ一年しか結婚生活が持たないわけだわ。ああ、何かキンジーが「だめんずうぉーかー」に見えてきたよ。

 このように『E』は「おひとりさま」探偵キンジーの内面をこれでもかと言わんばかりにぐちゃぐちゃとかき乱す作品なのだ。今までのシリーズでは「優しさ」といったキンジーの正の部分を描き続けていた。でもこの作品では、富と家族あるものに対して嫉妬と羨望を抱き、孤独に押しつぶされそうになる彼女の負の側面を曝け出そうとしている。それも執拗なくらいに。

 ところでキンジーのもう一人の別れた夫(念のため書いておくと、彼女は離婚歴二回)はこの後のシリーズに登場するのかしら? キンジーの名誉のために、せめてもう一方の元夫は「だめんず」ではないことを祈ります。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

20101107224700.jpg

ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

過去の「ふみ〜、不思議な小説を読んで頭が、ふ、沸騰しそうだよ〜 略して3F」はこちら

●AmazonJPでスー・グラフトンの作品をさがす●