たいへん長らくお待たせしました。翻訳ミステリー大賞シンジケート初の試みとして行った、18歳以下の読者を対象とするレビュー・コンクール「真夏の読書探偵」の審査結果を発表いたします。

 去る12月21日、都内・東京創元社会議室にて本コンクールの選考会が行われました。選考委員は小説家の川端裕人氏、翻訳家の羽田詩津子氏、当サイト発起人である翻訳家の田口俊樹氏の3名。初の試みということで応募総数は10作と、数だけを見ればやや残念な結果に終わりましたが、その分選考委員が応募作品のすべてに目を通すことができ、選考会は有意義なものとなりました。

■最優秀作は9歳とは思えない完璧なレビュー

 はじめに、最優秀作に選ばれた作品を発表します。

越前かおりさん(9歳)「めいたんていネートシリーズを読んで」

お読みになった本:

『ペット・コンテストは大さわぎ』マージョリー・ワインマン・シャーマット/神宮輝男訳/大日本図書

 以下に選考委員の評を紹介します。

川端裕人委員

「9歳にして感想文のいろはみたいのを身につけている方です。読んだ世界と自分の世界の融合を果たしているという意味で、文章としても質が高いと思うし、この人の読んだ本を読んでみたいと感じたナンバーワンでした」

羽田詩津子委員

「文章は巧いですし、書き方もおもしろいですね。「(なくしものを)発見できるかくりつは七十五パーセント位です」なんてことはもなかなか言えないじゃないですか。巧いのに、こまっしゃくれたところがなくて、最後の文章には無邪気さもあります。読んだあとに、思わずにっこりする作品でした」

田口俊樹委員

「自分の気持ちを正直に表現するって難しいことなんですよ。この方には、そういう意味で天性のものがあると思いました」

 小学生が書いたということを忘れてしまいそうなほどしっかりした文章で、感嘆の声が絶えず、満場一致でこれを最優秀作として選ぶことに決定しました。おめでとうございます。越前かおりさんには、正賞の賞状の他、副賞として図書カード5,000円分をお贈りします。なお、受賞作の文章は別途、このサイトにて全文掲載いたします。

■優秀作に選考委員からアドバイス

 続いて優秀作の選考に映りましたが、田口委員より、応募数も少ないことであり、残る全作を優秀作としてはどうかという動議があり、これが認められました(各作品には図書カード1,000円分をお贈りします)。

 それぞれの作品について、選考委員からのアドバイスがありましたので、ご報告します。

K・Aさん(7歳)

「魔法少女レイチェル 滅びの呪文」

お読みになった本:『魔法少女レイチェル 滅びの呪文』クリス・マクニッシュ/金原瑞人訳/理論社フォア文庫

——登場人物の似顔絵を描いてくれたり、金紙でふちどりやかざりをつけてくれたり、見る人を楽しませようというのが素敵な作品だと思いました。

川端「この似顔絵は本の挿絵を参考にして描いてくれたのかな。これだけ絵が巧いから、今度はオリジナルの絵でレイチェルを描いてみてもいいんじゃないかな。きっと頭の中に絵が浮かぶ方だと思うんです」

羽田「登場人物だけじゃなくて、印象に残った場面も描いてみてはどうでしょうね。挿絵がないところで、お気に入りの場面を描いてみるのも」

川端「そうしたら、自分だけの魔法少女ができますよね」

O・Mさん(9歳)

「自分をふりかえることの大切さ」

お読みになった本:「ヒヤシンスとうるわしの姫」(『あおいろの童話集』所収)アンドルー・ラング/西村醇子訳/東京創元社

羽田「童話集だと教訓的なお話が多いので、そうではなくて単純に楽しめるファンタジーなども読んでみたらいいと思うんです。まじめな話じゃなくて、肩の力を抜いて楽しめるものも」

川端「厚い本を読むことにチャレンジしていますし、すごく読む力はあると思います。古い作品、名作にこだわらずに、今度は現代の作家を読んでもいいんじゃないかな」

羽田「この本は短編集だから、次は長編を読むのもいいんじゃないですか」

川端「〈ハリー・ポッター〉シリーズなんて、この本よりも絶対に読みやすいですよね」

A・Aさん(18歳)

「迷探偵へのラブレター」

お読みになった本:〈ロジャー・シェリンガム〉シリーズ アントニイ・バークリー

——この方は唯一の受験生なんですよね。

羽田「受験が終わったら思う存分読んでほしいですね。古い訳のものだけではなく、新訳作品もぜひ」

川端「細かいジャンルとかにこだわらないで、手当たり次第に読む、というのがこの方には向いているんじゃないかと思います」

——濫読の参考資料として当シンジケートをぜひ。

O・Tさん(11歳)

「『がんくつ王』を読んで」

お読みになった本:『がんくつ王』デュマ/幸田礼雅訳/ポプラ社

川端「今、Oさんは、古典名作に目がいくステージにあると思うんで、同じような冒険物語をかたっぱしから読んでもらいたいと思うんです」

羽田「アーサー・ランサム『海へ出るつもりじゃなかった』などはどうでしょうね」

川端「最近の作品では〈チェラブ〉というシリーズがおもしろいです。優秀な子供だけをイギリスのスパイ組織(MI5)がスカウトして活動させるという内容で、今邦訳が6作ぐらい出ている。イギリスではブロックバスター的に売れているそうです」

田口「私は薦めるなら『十五少年漂流記』かな。自分の原点になった作品です」

E・Tさん(13歳)

「まさかあの人が… 〜アクロイド殺し〜」

お読みになった本:『アクロイド殺し』アガサ・クリスティー/羽田詩津子訳/クリスティー文庫

羽田「拙訳で『アクロイド殺し』を読んでくださってありがとうございます」

川端「お父さんの書棚からどんどん本を持ち出して読むといいですね」

羽田「この方は、すごく文章を評論的に書いてくださったんですね。そういう風に体系的に読むこともいいんですが、無節操におもしろいものに手を出していくのも楽しいですよ」

田口「気になったのは、他の文章と比べてこの人はすごく評論的で自分の意見をあまり書いてないんだよね。T君はどう思ったか、という感想をもう少し知りたかったような気もします」

川端「でも、それが個性なのかもしれません。もし、自分が読んでおもしろかったものを人に紹介したいという気持ちが強いなら、もっともっと、どんどん本を読んで、自分の中に紹介するときの評価の体系みたいなものを作ってしまうといいですよね」

K・Sさん(16歳)

「フランクと恋愛小説」

お読みになった本:『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』ジェイムズ・M・ケイン/小鷹信光訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

田口「この人は読書会にも来てくれて顔はわかっているんで、今の流行じゃないけどハードボイルドは面白いので試しに読んでみてね、と個人的に伝えたいです。(お薦めは?)まあ、やっぱりチャンドラーはおもしろいし、最近の村上春樹訳もいいですよ。『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』を読んでみたら意外と恋愛小説の要素が強かったという感想だったんだけど……」

羽田「ハードボイルドは多かれ少なかれ、恋愛の要素は入っているものですからね」

M・Mさん(10歳)

「ぼくの作ったま法のくすり」

お読みになった本:『ぼくのつくった魔法のくすり』ロアルド・ダール/宮下嶺夫訳/評論社

田口「ダールを選んだというのはいいところに目をつけたよね」

羽田「他のダール作品をまだ読んだことがなければ、全集でたくさん出ていますから、それを片っ端から読んでいってもらいたいですね」

田口「あと、感想を書くときは『かっこよかった』とか『こわかった』ということだけではなくて、なんでかっこいいと思ったのか、とか、なぜこわかったのか、とか、少し考えてみてから書くと、より自分の考えがはっきりすると思います」

K・Aさん(14歳)

「数奇な生い立ち歌」

お読みになった本:『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』フィッツジェラルド/角川文庫

「オン・グラウンドの人々」

お読みになった本:『チョコレート・アンダーグラウンド』アレックス・シアラー/金原端人役/求龍堂

——2本送っていただいています。

羽田「『ベンジャミン・バトン』のレビューは詩のような形式で書かれているんですけど、たぶん小説を読んだことがない人には意味がわからない。まったく読んだことがない人でもついていけるように、手がかりを与えてあげたらよかったかもしれませんね」

——詩の形式にしては、比喩表現が今一つ不明瞭だという気がしました。言葉の選び方次第でもっとわかりやすくなりますね。

羽田「『チョコレート・アンダーグラウンド』の方は、すごくまじめで、本の感想というよりも、それを読んで感じたことを率直に書いてくださっていますね」

田口「結論のところで、まず『正しい判断のできる人』になりたいと、それから『自分を信じる』勇気を持ちたいというふうに書いているんだけど、個人的には逆でいいと思うんですよ。間違っていようがかまわずに、まず勇気をもって発言しちゃったほうがいい」

羽田「それは14歳にはなかなか難しいんでしょうけどね」

川端「『チョコレート・アンダーグラウンド』を読んでおもしろかったのなら、ジョージ・オーウェル『一九八四年』やオルダス・ハクスリイ『すばらしい新世界』などの類書、他のディストピア小説(未来が理想的な社会にはならないという悲観論で書かれた小説)にも挑戦してみるといいと思います。それらを読むと、ディストピア小説には書かれた時代や書かれた場所が必ず反映されている。『チョコレート・アンダーグラウンド』も普遍的なテーマを、チョコレートを食べてはいけない、というナンセンスに包んで表現している。そうした創作の背景を考えてみるといいと思うんです。『すばらしい新世界』が書かれたとき、作者はどんな状況に置かれていたのか、とか考えていくと、読書をきっかけにすごく広がりを持つことができる。正しさも一つではない、ということが判るかもしれないし」

羽田「一つの問いに複数の答えがありうる、ということを知るのはいいですね」

川端「一ジャンルの小説を複数読むのには、そういう視点が広がるメリットがあるんです」

 最後に読書の楽しみ方についてお話ししていただきました。

川端「読書って芋づる式ですよね。出会った芋づるを大事にしたい。まじめな読書でなくてもいいんです。たとえば100ページ読んで合わなかったらやめてもいいと思う。そのために図書館というものはあるんだから。若い読者は、自分本位に、そのくらい我が儘な読書をしてもいい。今は合わなくても、10年後にはその本がすごく心に響くものになっているかもしれないから、心配しなくてもいいです。同じ作品でもちょっと後になると全然読み方は変ってきます」

田口「読書って損得じゃないですよね。効率よく何かを吸収したいとか、短時間でたくさん読みたいとか、そういうことを目的にしないで、おもしろいものを読むということが中心でいいんです。刻苦勉励して読むのは偉いけど、それだけが読書じゃないですから。あとは、長い文章を読む訓練をしてほしいですね。主語と述語の間が離れている文章を読んで意味を追っていくというのは、役に立つ脳の訓練になります。ちょっと我慢して慣れてくると、長い文章を読むのが楽しくなってきますよ」

羽田「読書が、みんなの楽しみになるようになるといいですね。学校に行ったり塾に行ったり、忙しいと思うんです。でもちょっとずつでいいから、読書の時間を日常の習慣として組み込んでほしい。たとえば、その日にやることをサボっちゃっても、本を読んで楽しかった記憶が残れば、それがその人の財産になる……のではないかと私は願っています。そのためには楽しい本を探すことが大事です。好きな作品があったらその作家のものを全部読んでみるとか、そうした試みをしながら、自分なりの「好き」の世界を広げていって、本でしか味わえない無上のひとときを過ごし」いただければいいなと思います」

 本コンクールには多数の方にご協力いただきました。改めて御礼申し上げます。また、本年夏にはコンクール第2回を実施予定です。たくさんの応募をお待ちしております。

(文責・杉江松恋)