第2回翻訳ミステリー大賞の最終候補作5作が選出されましたが、昨年度は5作ではおさまりきらないほど傑作や話題作が数多く刊行されました。そのことは1月9日に当サイトに掲載した「【再掲】第2回翻訳ミステリー大賞 一次投票の結果全公開!」でもおわかりかと思います。

 そこで当サイトではこれから大賞発表までのあいだ、「最終候補作にはならなかったものの読み逃しては損をする!」「これが最終候補作にならなかったのは残念!」という作品を、その作品を愛してやまない翻訳者のみなさんに熱く紹介していただくことにしました。題して「【第2回大賞私設応援団】候補じゃないけどこれも読め!」。ご期待ください。(編集部)

 第2回翻訳ミステリー大賞は、そりゃもうダントツで『逆光』だよなと思っていたところ、最終候補からあえなく落選。それどころか、先ごろ公開された一次投票結果では、ベスト40にも入っていないじゃありませんか。つまりオレだけしか投票してないってこと?

 そりゃま、ポケミスや創元推理文庫から出たわけじゃないから、これが翻訳ミステリーの傑作だと気づかなかった人も多いかもしれないが、それにしても——と、過ぎたことを嘆いても仕方ないので、今から読んでいただくためにざっと紹介すると、『逆光』Against the Day)は、2006年に刊行されたトマス・ピンチョン最大最長の長編。

 物語は1893年のシカゴ万博から始まる。最初に登場するのは、〈不都号〉なる飛行船に乗り組む〈偶然の仲間〉5人組(+しゃべる犬)。彼らの冒険は、少年向けのヒーロー小説シリーズとなり、世界中で人気を集めている。某所から指令を受けた〈不都号〉は、ニコラ・テスラの無線送電実験の影響を調べるため、南極点から地球内部に入り、空洞を抜けて北極に出現。ロシアのライバル飛行船とベニス上空で交戦したかと思えば、未来から来たタイムトラベラーの誘惑をかわすため、なぜかハーモニカ楽団に偽装。さらには潜砂フリゲート艦〈サクソール号〉に乗り込み、伝説の砂漠都市シャンバラを探求する……。

 それと並行するもう一本の軸が、トラヴァース一家の物語。銀鉱山で働く父ウェブの裏の顔は、線路や鉄橋を爆破する無政府主義テロリスト。だが彼は、大富豪が雇った殺し屋に殺害されてしまい、それ以降は、残された4人の子供たちの人生と復讐の物語になる。こっちのパートはエスピオナージュ成分が濃厚です。

 おおまかに見積もって、上下巻合計1700ページのうち約7割はミステリー。ふつうの翻訳ミステリー10冊以上の値打ちがあるから、定価9240円は全然高くない。ピンチョンなので、当然アナルセックスや3Pも標準装備。セックスの最中もゼータ関数が頭から離れない数学おたくのレズビアン美女ヤシュミーンとか、日本の天才数学者、釣鐘ウメキ嬢とか、萌えキャラも多数登場するので、そのすじの人もお見逃しなく。サービス満点です。

大森望(おおもり のぞみ)1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家、アンソロジスト。編著に、《年刊日本SF傑作選》(日下三蔵との共編・創元SF文庫)、書き下ろし日本SFアンソロジー《NOVA》シリーズ(河出文庫)、『きょうも上天気』(浅倉久志訳SF短編傑作選、角川文庫)、『ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選』(ハヤカワ文庫SF)。主な著書に『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』『狂乱西葛西日記20世紀remix』(以上、本の雑誌社)、『特盛!SF翻訳講座』(研究社)、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版)。主な訳書にウィリス『航路』ベア『ダーウィンの子供たち』(以上ヴィレッジブックス)、ベイリー『時間衝突』(創元SF文庫)、スタージョン『輝く断片』(河出文庫)ほか多数。

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