87分署シリーズ第五作『被害者の顔』です。英題は”Killer’s Choice”、つまり「殺人者の選択」ですが、色々な意味で邦題の方が作品の本質を指しているように思えます。タイトルについての具体的な説明はさておき、先にあらすじを紹介してしまいましょう。

 飛び散ったガラス。ぷんと鼻につくアルコール臭。殺人現場の酒店は申し分なく「惨状」だった。どうやら犯人は、女を殺した後で店中の酒瓶をひっくり返したらしい。87分署の面々は聞き込み調査を行うが、その中で明らかになったのは、人によって彼女の印象がまるきり違うことだった。

 ここ二作ほどのシリーズ作品を読んできて感じたことは、マクベインの筆が「警察官」を書くことに集中し過ぎているのではないかということでした。87分署の面々は確かに魅力的です。しかし、その引き換えに被害者、そして殺人者の側にそれほど視線が向けられていないのではないか? という問題です。被害者/犯人のバックグラウンドがあまりにも希薄で、魅力を欠くがゆえに物語全体のバランスが悪くなっている……そんな風に感じていました。

 こういう私のわがままな感想を読み取ったかのように、マクベインは『被害者の顔』という作品を送り込んできました。この作品では、被害者アニイ・ブーンが物語の中心におかれています。彼女を評してある人は貞淑な妻で良き母親だった、と言います。しかしまたある人は、彼女はアル中の淫売だと言うのです。さらに別の人は、彼女はインテリで思うさま生きる自由な女性だったと言いました。彼女のあまりに多面的なプロファイルを読み解くために、87分署の刑事たちは奔走します。

 「被害者の顔」問題は、同時に犯人にも跳ね返ってきます。犯人は多面的な彼女の、果たしてどの側面の死を願ったのか。妻?愛人?相続人? 容疑者は増えるばかりです。そのいずれにもアリバイがあるという難事件の中で、重要になってくるのは「動機」です。読みながら思わず「そうそう、俺こういうの読みたかったんだよなあ」と頷いてしまいました。

 今回、新キャラとして登場したのは、コットン・ホースという海軍上がりの大柄な赤毛の色男です。真っ赤な髪の毛の一房だけが白髪というのがチャームポイントで、どうもこれは名誉の負傷に由来するらしいのですが、白く生え換わった理屈はよく分かりません(笑)。そしてまた変な名前のキャラクター。マクベインも大概変な名前を考えるのが好きなようです。

 彼はもともと30分署に勤めていた刑事でしたが、配置換えで新しく87分署に配属されました。30分署の管区は白人の住人が多い上品な地区であったようで、87分署管区の猥雑さには慣れていない様子。そのことで同僚にも大分からかわれています。殺人事件を捜査するのもほとんど初めてで、焦りから失敗を連発、ついには相棒のキャレラを負傷させてしまいます。本作品ではかようにいいとこなしのホースですが、次作以降は色々活躍するので、そこはお楽しみに。

 本作を読んでもっとも驚いたのは、サブプロットにあたるもう一つの殺し、すなわちロジャー・ハヴィランドの突然の死でした。不敵な暴力警官で、87分署の鼻つまみ者ながら、嫌いになりきれない不思議なキャラクターだった彼が、あまりにも無意味に死を遂げたということが、個人的には残念でなりません。子どもの頃から色々な物語に触れていますが、主役になりきれなかったキャラクターの死にこれほど衝撃を受けたのは、正直初めてでした。うーむ、マクベイン恐るべし。

 本作の弱点は、いつまでたっても謎が解けないことです。ミステリならそれは当り前だろう、と言われればそうかもしれません。しかし、ことこの作品に関しては、本来一番最初に探すべきものが、単なる捜査の不備で後回しにされていたというのが解決の遅れの原因なので、ちょっと庇いきれません。そこは少し残念です。

 しかし全体としてみれば、ここ二作ほどと比べてぐっと良くなっていると思います。次の作品も楽しみです。20101118004015.jpg

 三門優祐

えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。

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