翻訳の仕事につきものの調べものは大変だが、楽しい作業だ。気づけば料理の写真を食い入るように見ていたり、ついつい深追いして調べる範囲が広がって、すごく詳しくなったような一時の錯覚を抱いたり、なじみのなかった人物に興味を抱くきっかけになったりする。今回紹介するのはそうした調べもの中に出会った1冊で、アリス・ルーズヴェルトを探偵役にした “Alice and the Assassin” (2017)だ。

 舞台は1902年のニューヨーク。前年にマッキンリー大統領が暗殺され、あとを任されたのはセオドア・ルーズヴェルト。事件を受けて、大統領とその家族にはシークレット・サービスが警護につくことになった。ルーズヴェルトの長女、17歳のアリスは目下、伯母の家で世話になっている。煙草と葉巻とブランデーが大好き、もうひとつ好きなニシキヘビをペットにしようとしている、才気煥発、好奇心の強さで有名なお嬢様だ。アリスの身辺を守るのは、父が義勇軍で共に戦った部下からじきじきに選んだ射撃の名手セントクレア。西部出身で、牧童、保安官助手、兵士からシークレット・サービスに至るという経歴の持ち主だ。苦労人で30歳の彼とでも堂々と渡りあえるアリスは、警備の観点から行動についてあれこれ渋る彼を今日も言いくるめる。

 セントクレアの前では彼をけなしているアリスは、友達には「わたしのボディガードはとてもカッコイイ」と漏らしていたりする。それでも、外出時はかならず、お目付役がいるというのは17歳にとって疎ましいものだ。前大統領の暗殺はすでに逮捕、処刑されている無政府主義者チョルゴッシュの単独犯行だったと結論づけられ、これで解放されると思ったアリス。しかし、楽観はできないと警護が続行されると知り、チョルゴッシュの仲間かと疑われたエマ・ゴールドマンという女に直接会って、無政府主義者の動きを探ると言いだした。17歳の女子にそんなことができると思います? YES、彼女はアリス・ルーズヴェルトだから。名家の者たちが集うパーティで情報を探り、伝手を求め、ゴールドマンを訪ねていく。しかし、何者かに尾行され、アリスの好奇心はますますかき立てられて、調査はさらに発展。前大統領暗殺には黒幕がいたのではないか、という疑惑が浮上し、アリスは本気で父や家族の命に危険が迫ることがあるのではないかと不安になって深追いし、セントクレアの活躍する場面が増えていく。

 登場人物の魅力でぐいぐい読ませていく本です。立場ゆえ、あるいは若さゆえ、ときに傲慢ではあるけれど、人の尊厳をないがしろにしようとする者には食ってかかるアリスの姿は爽快そのもの。強気のお嬢様っぷりは、クレイグ・ライス作品のヒロイン、我らがヘレン・ジャスタスを連想しないではいられません。そして、いくら大統領の娘とはいえ、17歳がひとりで危険な場面に飛び込んでいくことを読み手に納得させるのはむずかしいけれど、シークレット・サービスを相棒にして、探偵役コンビをプリンセスとカウボーイに設定した時点でもう勝ち、という感じなのです。アリスは未熟な部分もあって、それがまったく違う生い立ちのセントクレアから、背景が違えば考えかたにどれだけ差が出るかということを身をもって学ぶのも好印象。アリスの伯母さん、この家の料理人、セントクレアのお姉さんと、脇を固める人々もスピンオフが誕生してもおかしくないエピソードがありそうでよし。歴史上の事件と実在、架空の人物をうまく配置。当時のニューヨークの様子が生き生きと伝わってくるのもよかったです、特に各国料理が美味しそうで。

 “大統領の娘”中に視察団の一員として日本を訪れたこともあるアリス・ルーズヴェルトは、社会のルールに縛られることを嫌い、成人してからは当時の女たちがなかなかやらなかったことをいろいろやりまして、父の退任後はホワイトハウスを出禁になったこともあるというのだけで面白いですが、終生、政界にかかわっていました。そんな彼女を主役にした本書には続編 “The Body in the Ballroom”(2018)があります。著者のR・J・コレトはビジネス、金融のジャーナリスト。フィクションの著作には EQMM や AHMM 掲載の短篇、また、アリスのシリーズのほかに、エドワード朝の婦人参政権活動家のレディを主人公にしたミステリのシリーズもあり、妻、娘たちとアメリカ東海岸在住とのこと。

三角和代(みすみ かずよ)
訳書にトルーヘン『七人の暗殺者』、リングランド『赤の大地と失われた花』、タートン『イヴリン嬢は七回殺される』、カー『盲目の理髪師』、カーリイ『キリング・ゲーム』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、アンズワース『埋葬された夏』、テオリン『夏に凍える舟』他。ツィッター・アカウントは@kzyfizzy

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