十数年まえ、ティム・ウィロックスの『グリーンリバー・ライジング』『ブラッド・キング』に魅せられた方がきっといらっしゃるでしょう。心臓に重い拳を食らわすかのような冒頭、灼熱のクライム街道を突っ走るストーリー、そこに繰りひろげられる人間模様。わたしも夢中になって読んだクチです。以来、テレビ番組でたまにある「あの人はいま?」ではないですが、「ウィロックスはどうしているのかなあ。書いているのかなあ」とふと思うことがあります。で、ネットで調べたりするわけですが、なかなか寡作な作家なようで、『ブラッド・キング』のあとは、2006年に THE RELIGION を上梓し(これが四作め)、今年ようやく新作の DOGLANDS が出るとのこと。この DOGLANDS は、なんと(?)ジュブナイル。少々意外でしたが、新作が出るという朗報に、わたしのなかのウィロックス熱がにわかに蘇り、長らく積んどく本になっていた未訳の原書 BAD CITY BLUES を手にとってみたところ、これがおもしろかった。

 この作品、1991年に本にはなったものの、出版社の事情で当時はほとんど世に出まわることがなかった哀しきデビュー作で、内容は『ブラッド・キング』の前日譚なのです。

 主要登場人物は、以下の五人。

・精神科医のユージン・キケロ・グライムズ

・獰猛な野獣のような悪徳警官、クラレンス・シーモア・ジェファーソン

・グライムズの兄であり、銀行強盗の主犯格であるルーサー

・元売春婦にして、銀行の副頭取の妻、カリル・カーター

・カリルの夫、クリーヴ

 クライム・ノヴェルには、男たちが大金をめぐってぶつかり、犯罪の中心にいる男に美人で金好きの女がいるという設定がときおり見られますが、本書もその類です。

 カリルがクリーヴの銀行の情報を、肉体関係のあるルーサーに流し、ルーサーが仲間とつるんで大金を強奪したというのが物語の前提です。あとは、予定の場所で金を分配するのみでしたが、クリーヴがカリルの行状を知って激怒し、知人であるジェファーソンに助けを求めます。ところが、欲望まみれのジェファーソンは任務などどこ吹く風で、金を我がものにしようと、クリーヴをあっさり射殺。ここでとばっちりを食らうのがグライムズです。麻薬常用者のカリルは、かかりつけの医師であるグライムズに強盗計画の一部始終を話してしまっていたのですが、そのことを知ったジェファーソンはグライムズを監禁し、金の分配場所を吐かせようといたぶります。しまいに根をあげたグライムズはジェファーソンを連れて分配場所に行くのですが、そこでグライムズ、ジェファーソン、ルーサー三つ巴の争いになり……。

 金をめぐる動向だけを追うとシンプルな筋立てですが、そのなかで語られるグライムズとルーサーの関係が作品に深みをあたえています。元兵士のルーサーは除隊後、悪に手を染め、かたやグライムズは従軍経験もなく大学を出て医師になり、たがいに反目する間柄です。今回の事件が起きるまで、グライムズはルーサーの居所を知らず、必死になって探していたのですが、その理由は物語の進行とともに明らかになっていきます。

 クライム・ノヴェルは犯罪がからむ波乱だけでなく、登場人物の心の暗部や襞が描かれていないと、どこか物足りないものですが、その点、本作は事件と兄弟間の確執とが破綻なく融合し、やや荒削りなところはあるものの、一直線に愉しめる作品にしあがっています。『ブラッド・キング』が既読であれば、結末の一部は予測できますが、それでもなお読んで損はなし!な一作です。

 ところで、『グリーンリバー・ライジング』の訳者、東江一紀氏と『ブラッド・キング』の訳者、峯村利哉氏がともにあとがきで触れておられるのが、ウィロックスの風貌。“大天使のごとき風貌”と称されていたウィロックスの最近のお姿は? と妙に気になり、ネットをうろついたところ……なんだかお太りになって、というかデカくなっている。歳月は“大天使”をプロレスラーに変えたとでも言いましょうか。まあ、次々と作品を出してくれれば、外見はどうでもいいんですけどね。

高橋知子(たかはしともこ)英米文学翻訳者。訳書に、リー・ゴールドバーグ『名探偵モンク モンク、消防署に行く』『名探偵モンク モンクと警官ストライキ』、マイケル・ディルダ『本から引き出された本』など。

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