87分署シリーズ第六作『殺しの報酬』です。前作『被害者の顔』でもかなり好意的な評価をつけましたが、この作品を読んでマクベインも一皮むけたなと確信しました。ことここに至ってもはや前置きは不要でしょう。さっそくあらすじをご紹介したいと思います。

 ネオンに輝くアイソラの夜。その街角で殺人は起こった。ライフルでの射殺事件だ。車の窓から男を殺した犯人は、そのまま逃走したという。調査の結果、被害者は職業的な脅迫者であることが判明した。87分署の刑事たちは各々情報屋を使い、脅迫の被害者を探し始めるが……。

 あらすじにも書きましたが、今回のメインテーマは「脅迫」です。殺人事件の被害者は多くの人間を、様々な理由から金銭的に強請っていた凶悪な犯罪者です。殺害の動機は脅迫されていた人間のすべてにあると言っていいでしょう。その中で、アリバイがなく、凶器のライフルを手に入れられる人間が犯人……ですが、問題はそう単純でもありません。なぜなら脅迫の被害者たちが、そう簡単に「脅迫されていたという事実」を認めないからです。そりゃあ、自分の弱みを警察に聞かれたからと言ってほいほい口にする人間もいないでしょう。自然、マクベインは容疑者たちを深く掘り下げることになり、物語に深みを与えることに成功しました。

 ここで、恒例の新キャラ紹介ですが、この作品でははそれほど印象的なキャラクターはいないですね。87分署の受付にいつも座っている日直警部補、デイヴ・マーチスンと、ぽっちゃり系の死神刑事ボブ・オブライエンは、いずれも今回は端役に過ぎません。拳銃も殺しもそれほど好きでないのに、犯罪者を射殺した回数は異様に多いというオブライエンは主役回を持たせてもいいと思うのですが、それは今後のお楽しみということで。

 前回颯爽登場しながら、へまばかりでキャレラを危ない目にあわせたりもしたコットン・ホースはついに本領発揮。聞き込みに行った先々で女に色目を使われるモテモテ男に変貌を果たしました。キャレラが愛妻家であるだけに、この対比はより印象的に映ります。カップルと言えば、若手刑事クリング君も、婚約者のクレアと連絡を取り合っているらしい描写が時折。この二人、いつ結婚するのでしょうか。

 過去の作品で登場したキャラクターが何人か再登場しているのもポイントでしょう。前作『被害者の顔』で、被害者の夫役として登場した雰囲気のいいカメラマンのテッド・ブーンや、第三作『麻薬密売人』で、キャレラの優秀な情報屋として登場したダニー・ギムプ(瀕死の重傷を負ったキャレラのことを見舞ったあの男)などです。テッド・ブーンはともかく、ダニーは今後もレギュラーキャラになりそうな気配を見せていて、読者としては嬉しい限りです。

 前回「謎がなかなか解けない」と書きましたが、そう感じる理由の一つは捜査過程そのものの魅力の薄さというのもあるでしょう。古典的な推理小説でも、前半がひたすら聞き込みで退屈してしまう場合がありましたが、それに近いものがあると言えるかもしれません。

 今回マクベインは刑事たちをバラバラに動き回らせていますが、その際に一人ずつ方針が微妙に異なっているのはちょっと面白い。堅実なキャレラ、意外と軽いノリのホース、知り合いから攻めるクリングと交互に描いて飽きさせません。これも、各刑事が人物として独り立ちしてきたが故でしょうか。

 今回もまた、可能性をすべて潰した後で、捜査の見落としが発見され、そこから一挙に解決に向かうという見なれたプロットではありますが、そこからまさかのもう一段……序盤から綿密に張られた伏線が回収されたその瞬間、あっと驚くことは請け合いです。

 ということで、警察捜査小説としてはかなり高いクオリティまで上がってきたこのシリーズですが、マクベインはそれで満足しません。どうも次の作品ではまたぞろ新しいことに挑戦するようですよ。どうぞお楽しみに。。20101118004015.jpg

 三門優祐

えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。

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