ふう、ようやく『G』まで辿り着いたぞ……。この企画を始めて、すでにシリーズを読んでいる方々に「どこら辺から面白くなるんですか?」と質問したところ、一番多く返ってきた答えがこの『G』である。というわけで、この作品だけ頁をめくる前から期待のハードルが高くなってしまっているのですが、さて?

 33歳の誕生日を迎えたばかりのキンジーに、突然危機が迫る!彼女がかつて逮捕に協力した強盗事件の被告、ティローン・パティが逆恨みしてキンジー殺害のために殺し屋を送り込んだというのだ。折しもある女性の母親捜しの依頼でモハーヴェ砂漠を訪れていたキンジーは、正体不明の車に狙われる破目になる。ティローンが送り込んだ殺し屋が眼前で息を潜めている!恐怖を感じたキンジーは、ボディーガードとして、私立探偵のロバート・ディーツを呼んだのであった。このディーツ、寡黙で強引な男ゆえにキンジーは当初は気に入らなかったのだが……。

 ははは、みなさんが『G』から面白くなるよ、って言った理由がわかりましたよ。『アリバイのA』の時のような、ハーレクイン主人公顔負けのメロメロっぷりをキンジーが見せる相手、私立探偵のロバート君が登場するからですね。このロバート、職務に忠実なためかキンジーを必死で守ろうと、彼女の行動にいろいろと注文をつけるのだが、束縛を嫌うキンジーはロバートの親切を最初ははねのけてしまう。が、しかし二度目に命を狙われた際に見せた男気にやられたのか、キンジーちゃんは一気に恋愛モードに突入。いつの間にか、調査中に訪れた図書館でも人目を憚ることなくイチャつきだす仲にまで進展してしまう。図書館は他人の迷惑にならないよう、静かに利用しましょう、ミス・キンジー。

 しかし、ここまでキンジーがロバートに入れ込んでしまう理由も、まあ、わからなくもない。何せロバートはシリーズ初といってよい、「完璧で逞しい大人の男」だからだ。以前にも書いたとおり、キンジーと仲良くなる男性と言えば朗らかな若い男が多かったが、それは恋愛対象というよりもむしろ「母親」の視点に立って彼らと接していたはずだ。つまり、男としては未熟だとキンジーは判断していたわけですね。で、それ以外で登場した男と言えば、キンジーと恋仲になるものの、妻とくっついたり離れたりを繰り返す優柔不断なジョナ刑事、ジャンキーの元夫ダニエルと、どこかしら幼児性が抜けずにキンジーに依存しているようなダメ中年ばかりだった気がする。そこに現れたのがこのロバートで、口数少なく筋肉質、銃火器類の知識に富んでおり、無骨な感じの中にさりげなく見せる優しさがアクセントになっていて……って高倉健か渡哲也かよ!と思わず突っ込んでしまいそうな「カッコイイ男」なわけだ。

 こうした強く逞しい男を今さらキンジーの相手役として誕生させたのも、前々回くらいから指摘している独身女性としてのキンジーの寂しさや脆さを著者が意識的に表現し始めたことに起因するに違いない。探偵稼業に打ち込むキンジーでも仕事以外では暇を持て余す独り身の女性であり、年齢を重ねるにつれ、その孤独も切実なものとして描写されるようになる。作者はそうしたキンジーの救済のためにロバートという頼れる男性を白馬の騎士よろしく登場させたのだ。もはやここまで来ると、グラフトンは私立探偵としてのキンジーを書くことより、一人の独身女性としてどうキンジーが歳を取っていくかを描くことに興味がシフトしているのではないかと思う。スピルバークの「激突!」みたいなアクションシーンが展開し、シリーズ史上もっとも派手に銃弾が飛び交い、おまけにサイドストーリーで終わるかと思われた人探しの裏に血生臭い事件が隠されていたりと、ミステリとしていろいろ見せ場の多い作品であるにも関わらず、知り合いの女性と「セックス・アンド・ザ・シティ」のような会話をしている場面の方が印象に残るのが、その何よりの証拠ではないだろうか。

 さて、ロバート君とキンジーの関係は今後どうなってゆくのでしょうか?ロバートの再登場が待ち遠しいです。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

過去の「ふみ〜、不思議な小説を読んで頭が、ふ、沸騰しそうだよ〜 略して3F」はこちら

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