今夜八時、レディを殺す。どうにかできるかい?

 87分署の当直警部補、デイヴ・マーチスンが金髪の少年から上のような予告状を受け取ったことから、物語は幕を開く。一見単なる悪戯にしか見えない予告状、しかし、バーンズ警部はコットン・ホースにレディの捜索を命じた。レディとは誰か? そして果たして犯人の狙いは?

 87分署シリーズ第七作『レディ・キラー』です。今回はインパクト重視ということであらすじを先に送ってみました。この短くも強烈な犯行予告状は、読者を驚かせるに足るものでしょう。しかし、この予告は本物? あるいは偽物? 87分署の刑事たちはそれを突き止める手段すら持たぬまま、まだ起こってもいない事件の捜査を始めざるをえません。

 八百万人からいるアイソラ市民の中からただ一人のレディを探し出すという難行にキャレラとホースを送り出す一方で、87分署の方でも少しずつ捜査が進んでいきます。

 手紙を運んだ少年を突き止め(その過程で、87分署の中が百人からの子どもと、その母親で溢れかえるというユーモラスなシーンをはさみつつ)、また87分署の様子を公園から双眼鏡で探っていたらしき犯人を追う中で手に入れた遺留品から、犯人を絞り込みます。

 残念ながら、この作品には謎解きミステリーの面白さとしてのはほとんどありません。また、タイムリミット・サスペンスとしては展開が遅い上に、犯人側にミスが多く「正体不明の殺人者」という仮面がかなり早い段階で崩れてしまうなど、緊張感に欠けるきらいがあります。むしろここでメインに置かれているのは、「レディ・キラー」の心の動きと言ってもいいでしょう。

 刑事たちは、人目を避けるはずの犯人がわざわざ脅迫状を送りつけてきた意図を推測するなかで、愉快犯かあるいは「本当は殺人をしたくないか」のどちらかではないか、と指摘します。しかし、ここで部長は「それも、ひとつの推理だな。ともかくどっちみち、これを書いた本人を捕まえなくちゃいかん」と、刑事たちを戒めています。書いた本人のみが知る、犯行予告の真の意図。本作を読んだ時に考えさせられることとして、「動機について考えるということ」を挙げることが出来ます。先にも書いたように、この事件はまだ起こってすらおらず、単に(悪戯かもしれない)手紙が存在するだけの事件未遂の何かに過ぎません。

 その時刑事たち、そして読者には、犯人未満のこの男を理解すること、理解しようとすることが求められます。その意味で、本作はここ二作品で打ち出されてきた問題意識の集大成とさえ言えるだろう作品に仕上がっているのです。

 本作で大きな活躍を見せるのが科学捜査班、そして部署のボスであるサム・グロスマンです。科学捜査と言っても執筆が1959年ですので、ジェフリー・ディーヴァーの「リンカーン・ライムシリーズ」のようにはいきませんが、犯人が送り付けてきた挑戦状の活字や紙の種類から犯人を絞り込んだり、犯人が現場に落としていった双眼鏡から犯人の足取りをたどったりと、捜査を強くサポートしているのが印象的です。

 冒頭登場した”レディ”の正体は、伏線は一応あるもののかなりこじつけめいていて、読者が考えて解けるような謎ではありません。その点で強くお勧めできる作品ではないのですが、マクベインの作家としてのここまでの、そして今後のキャリアを考える上で間違いなく重要になる、忘れがたい作品ではないでしょうか。

20101118004015.jpg

 三門優祐

えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。

わしの87分署攻略は108式まであるぞ! いや、ねーよ!バックナンバー