87分署攻略作戦、第九回は『死が二人を』です。キリスト教の結婚式の決まり文句”Until death do us apart”=「死が二人を分かつまで」(バージョンは色々ありますが)をもじったタイトルです。この文句をタイトルに使ったミステリはそれなりに見かけるような気がします。例えば、ジョン・ディクスン・カーの『死が二人を分かつまで』(ハヤカワ・ミステリ文庫)がありますし、英題のみなら、森博嗣『そして二人だけになった』(新潮文庫)もそうです。

 キャレラを日曜の朝早く叩き起こしたのは、今日妹と結婚する男、すなわち将来の義理の弟からの電話だった。事情を聴くと、彼の家にクロゴケグモ入りの箱が突然送り付けられてきたという。彼を憎む者の犯行か。あるいはこの事件は、今日の結婚式と何か関係があるのだろうか。

 今回、主に事件の現場となるのは、キャレラの妹の結婚式です。これに伴ってキャレラの家族、ここでは両親と妹が、新しくアイソラの住人として紹介されることになりました。また、キャレラの妻テディは、前作のラストで妊娠していることが明らかになりましたが、この作品のラストでは子どもが生まれることになります。しかし、ここにきて突然発生した登場人物の増加は、これまでのように、87分署の刑事を次々デビューさせてきたマクベインの梃入れ商法とはだいぶ趣が異なるように思えます。というのも、この作品で指向されているのは明らかに「スティーヴ・キャレラという人物の掘り下げ」だからです。

 キャレラの父親はイタリア系移民で頑固一徹のパン職人です。息子が刑事という危険な職業に就いていることにあまり賛同していませんが、彼のことを誇りに思っています。母親は、そんな父親のことを支えつつもただ従うばかりではなく、「一家のいいお母ちゃん」として、強力な存在感を発揮しています。

 「キャラクターが立つ」という時に、それは必ずしもそのキャラクターのことが何もかもわかるということを意味している訳ではありません。しかし、この作品の中で家族の肖像が描かれたことで、キャレラは、単なる一刑事という以上に、「作品世界と明確な結び付きを得た人物」として、読者の前に登場するようになったと思います。

 事件についてはほとんど書くことがない/ほとんど書けないのが残念です。キャレラの義理の弟はクロゴケグモに襲われ、車のブレーキに細工され、狙撃され、と散々な目に遭いますが、このあまりにもとりとめのない殺人方法が、実は犯人を指し示すというのは面白いと思いますが、正直これ以上踏み込んで書いてしまうと、読者の興味を牽引する謎が自動的に解けてしまうので。これは、ミステリとしてのプロットとストーリーが密接に結びつきすぎているためです。欠点という訳ではまったくないのですが、なんともレビュアー泣かせです。

 今回のコットン・ホースは、あんまりいいところがないですが、彼が出てくるだけで場面が陽気になるのは楽しいですね。『レディ・キラー』で知り合った女性がデートに連れていけと煩いのに、キャレラの頼みで用心のために結婚式に出席。そこで知り合った女性に「お、いい女」とふらふらついて行っては殴られて気絶。終盤クリングに助け起こされるまで気絶しているという腑抜けぶりを発揮してしまいます。

 全体から言えば、キャラクターの脇を固めるために、シリーズ序盤の一作を丸ごと使ったという感じですね。単独でどうこう言うような作品ではないと思いますが、きっとこの「キャラ立ち」が生きてくるはずです。20101118004015.jpg

 三門優祐

えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。

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