第10回

 前回まで、海外での出版事情を見てきました。

 ご存じのとおり、欧米は契約社会であり、もちろん出版界も例外ではありません。したがって、著者=エージェント=出版社が契約書を結び、しっかりと役割を決めているため、作業がスムーズに進んでいます。

*ちなみに日本では、80年代になって、いわゆる「『太陽風交点』事件」などを契機として、著者との契約の重要性に出版界があらためて気づき、整備されていったといわれています。いまでは著者と出版社が契約を結ぶのがふつうになっていますが、じっさいにはまだまだ徹底されていない側面もあります。(翻訳家のみなさんも、出版社と契約書を交わすケースは少ないのではありませんか?)

 出版の権利といっても、たんに本を出すだけだからシンプルだろうと思われるかもしれませんが、じつはけっこう付随した権利が多いのです。

 たとえば、最初はハードカバーで出版するとして、ペイパーバック版はどうするのか。

 ペイパーバックの出版権は、独立してあつかわれるのが通例でした。そのため、大ヒット作品だとペイパーバック化権を複数の出版社に売って、おかげでおなじ作品がいくつかのレーベルから出版される、などということもあります。

 もっとも、大手の出版社であれば、自社レーベルでペイパーバック化権を押さえてしまうことも多いようで、むしろ日本人には、このほうがなじみのあるやりかたでしょう。

 ブッククラブ・ライツ(book club rights)などというのもあります。

 ブッククラブとは、加入者に毎月本が郵送で届けられるシステムで、かつてはひじょうに重要な販路でした。このブッククラブで出版する権利も、新刊とは別個に設定されます。

 以前は、ブッククラブに選定されれば、書店ルートで販売されるものにくわえて、かなりの部数が見こめました(海外の稀覯書を買われるかたやジョン・ダニング『死の蔵書』を読まれたかたには、初版とブッククラブ版とのちがいはおなじみでしょう)。それに、ブッククラブに選ばれることは、その本が「良書」だという保証でもあったのです。

 しかしながら、読者の好みが多様化し、オンライン書店によって本の入手もたやすくなったため、昨今ではブッククラブ自体が振るわなくなってしまいましたが。

 そうそう、話題の電子書籍の権利もありますね。

 急速な電子書籍の普及に欧米の出版界が対応できたのは、電子書籍化権についても事前に契約で決めていたからだ、ともいわれています。

 とはいえ、なかには契約書でのあつかいがあいまいだったり、古い場合には電子化が想定されていなかったりして、混乱が生じたケースもあったようです。

 似たようなものに、オーディオブックがあります。これは、本を朗読した音声をCDやダウンロードで販売するもので、アメリカなどではかなり大きな市場です(キース・リチャーズの自叙伝“Life”のオーディオブックは、ジョニー・デップが朗読して話題になりました)。

 これらももちろん、紙の本とは別個の権利です。

 あるいは、シリアル・ライツ(serial rights)というのもあります。

 これは、作品(の一部)を新聞や雑誌などに掲載する権利で、おもに、有力な作品のパブリシティに使われます。

 本の内容を別なメディアに出しちゃったら読者が減るんじゃないか、と言われそうですが、読みどころを抜粋して掲載することで、より広範な読者の注目を引こうという戦略です。

 日本の週刊誌なんかでも、おなじ手法を見かけますよね。

 以上あげたような権利について、海外では、出版前に決めておくわけです。

 ここまでの権利は、ほとんどが作品それ自体をそのままあつかうものでした。つまり、著者が書いたとおりの文字による作品を、出版形態を変えて出すということですね(オーディオブックはちがいますが)。

 しかし、それだけにとどまらず、作品を映画やTVにしたり、あるいは舞台化したりといったこともあります。こういった二次的な利用についての権利も、事前に決めておくのです。

 そして、二次的な利用のなかに、海外への翻訳権もふくまれるわけです。

 この翻訳権についても、著者は通常、権利をエージェントに委託しています。

 しかし、最終的に翻訳権をあつかうのは、エージェントではなく、出版社の場合もあります。エージェントが出版社に翻訳権をわたしてしまうことも多いからです。

 理由としては、出版社がアドバンスその他の出費をリクープするために、なるべく権利を自分の手もとに確保しようとしたり、大手の版元だと社内に海外との交渉部門を持っているので有利だったり、さまざまな要因がからみあっています。

 そんなわけで、日本の出版社がある作品を翻訳出版しようとするときは、著者のエージェントか、あるいは原書の出版社のどちらかと交渉をすることになるのです。

(なお、「翻訳権」と言いましたが、おなじ英語での出版でも、アメリカと英国とオーストラリアでは権利が別だったりします)

 ということで、ようやく話題が「翻訳出版」にたどり着きました。

 では、日本の出版社がどうやって翻訳権を取得するのか、次回以降は、その具体的な手順を見ていきましょう。

扶桑社T

扶桑社ミステリーというB級文庫のなかで、SFホラーやノワール発掘といった、さらにB級路線を担当。その陰で編集した翻訳セルフヘルプで、ミステリーの数百倍の稼ぎをあげてしまう。現在は編集の現場を離れ、余裕ができた時間で扶桑社ミステリー・ブログを更新中。ツイッターアカウントは@TomitaKentaro

●扶桑社ミステリー通信

http://www.fusosha.co.jp/mysteryblog/

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