87分署攻略作戦第十一回は『大いなる手がかり』です。多くの人が代表作に挙げるともっぱらの噂である『キングの身代金』の次ということで、作者側にも若干プレッシャーがかかりますが、果たしてどんなものか。早速読んでみたいと思います。

 三月の雨に煙るアイソラの街。パトロール警官のジェネロは、任務中にとんでもないものを発見する。それは人間の右手入りのカバンを捨てている、黒いコートを着た男(?)の姿だった。87分署の刑事たちは、その「大きな手」を唯一の手がかりに死体なきバラバラ殺人を追っていく。

 あらすじと原タイトル”Give the Boys a Great Big Hand”から推測する限りでは、まずタイトルありきで描かれた作品だと思います。マクベインがこういう言葉遊びを好んでいるということは、これまでの連載で書いた中でもたとえば『通り魔』などで見られました。ところで今回のタイトルですが、口に出して見るとその語感は、なんとなくマザー・グースなどの童謡に似ていませんか。タイトルの陽気さと裏腹に、起こる事件は陰惨なものですが、そのギャップの中に童謡殺人につきもののねじけたユーモアが含まれているように感じられました。

 発見者のパトロール警官ジェネロは、初めて出てきたように見せかけて実は二度目の登場。第三作『麻薬密売人』で、最初に死体を発見したのがこの男。事件の核心に望まずとも近づいてしまう、少し可哀そうな体質の持ち主と言えそうです。犯人と思しい人物を見かけながらも、そいつを識別するための手がかりを一切得られず、部長に怒られてますし。

 捜査は大きく分けて二つの段階、つまり、第一に「被害者の特定」、そして第二に「犯人の断定」、という順番で進められていきます。しかし今回の場合、まず第一段階が極めて困難。何しろ右手一つきりでは血液型と肌の色くらいしか分かりません(当時は勿論DNA分析技術などありません)。しかも、犯人は周到にも指紋を削り取ってから捨てており、「手」も足も出ない状態です。それでも手の形や発達度合いなどから職業を絞り込み、それを行方不明者リストと照らし合わせることで、二人に絞り込むことに成功します。ここまでの捜査の動きは極めてリアリスティックに描かれており、地味ながら面白いと思います。

 しかし、そう簡単には事件は終わりません。なんと、その二人がきちんと右手のくっついている状態でひょっこり現れてしまうのですな。ここまでの捜査は一旦リセットされ、再度検討が始まります。展開的に完全白紙という訳ではなく、見落としがあって……という形ではありますが。

 行方不明になったと見られる男たち、そしてその周囲に配されたキャラクターの人物像が読みどころのひとつでしょう。特に、港に戻って金が入ったら家には帰らず売春宿や安ホテルを泊まり歩いてすべて使い果すまで殆ど失踪してしまう、人間の屑としか言いようのない男のエピソードはなかなか面白い。ただ、それを探り出して行く過程は単調であるため、先が読めたり、なんとなく飽きがきてしまったり、という弱点があるのは否定できないのですが。

 物語をひっぱるキークエスチョンは「なぜ犯人は手だけ捨てたのか」という点につきます。死体をバラバラにするにしても、腕から手だけを切り離して捨てるというのは明らかにおかしいからです。しかし、マクベインはそこには殆ど深入りしていません。キャレラもそうですが、「動機について深く考えても、よく分からないし仕方がない」からでしょうか。ただ、物語の結末でその理由の一端が明らかになると、読者は慄然必至だと思いますが。

 ようするに本書最大の読みどころは、犯人の「妄執」としか呼びようのない情動が明らかになるラストシーンなのです。読んでいて、まさかこんな話になるとは、あるいはマクベインがこんな話をこんな形で書いてしまう……と驚かされました。酷く曖昧な感じになってしまいましたが、ぜひお試しください。

 それでは、次回の108式は第十二回『電話魔』。87分署最大のライバルと呼ばれる天才犯罪者「デフ・マン」が初登場する作品です。お楽しみに。

20101118004015.jpg

 三門優祐

えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。

わしの87分署攻略は108式まであるぞ! いや、ねーよ!バックナンバー