ヤフー!!! とうとうたどり着きましたよ、「キンジー・ミルホーン」シリーズ最後の邦訳長編『ロマンスのR』。去年の秋から連載始めて、気がつきゃもうセミの鳴く季節真っ只中。いやあスー・グラフトンだけで半年以上もよく持ったもんだ(「クリスティー攻略作戦」には頭が上がんないけど)。

 邦訳は今のところ『R』で止まってしまっているが、実は本国アメリカでは2009年に『”U” is for Undertow』が刊行されている。つまり海の向こうでは『Z』に到達するまで残すところあと5冊という、佳境を迎えているわけなのです。にも関わらず、日本では2005年に『R』が刊行されてからは刊行がパッタリ途絶え、今では「キンジー・ミルホーン」シリーズは人々の忘却の彼方へと飛び立たんとしている。

 まあ、邦訳が出せないことに関しては諸々の「大人の事情」があるんでしょうが、それを差し引いても、かつて人気シリーズと謳われたこの作品が忘れ去られた存在になりつつあるのは否定できない。一体なぜ読者が離れていってしまったのか? そこらへんの理由を考えつつ、それでは『ロマンスのR』、いってみましょう。

 キンジーは資産家のノード・ラファティの依頼を受け、横領の罪で服役していたノードの娘・リーバの面倒を数日間見ることになった。ごく簡単な仕事内容のはずだったが、チーニー警部補がキンジーの元を訪れたところから事態は急変する。リーバの元雇い主であるアラン・ベックが行うマネー・ロンダリングの証拠を掴むために、リーバへの協力を得られるよう、取り計らってほしいというのだ。

 キンジーはチーニーの頼みをしぶしぶ引き受けるものの、先の行動が予測不能なリーバに振り回される羽目になる。しかし、そんなツイテないキンジーにも1つラッキーな出来事が。いつのまにやらキンジーはチーニーと恋仲になってしまったのだ!

 またですか、と粗筋を読んだ方からの溜め息交じりの文句が聞こえる気がします。はい、そうです、キンジー・ミルホーン37歳、また恋に落ちてしまいました。お相手はチーニー・フィリップス警部補、『殺害者のK』で登場した刑事さんだ。実はキンジー、このチーニーに目をつけていたものの、彼はすでに既婚者であったので、彼女の中の「恋愛対象リスト」からははずしていたそうな。

 ところが、チーニーが奥さんと別れたと聞くや否や、まさに狩りに勇むチーターのごとく、恋にまっしぐら。おーい、チーニーの職場には元カレのジョナ・ロブ刑事もいるんだぞ。それにロバート・ディーツのことはどうしたの? 忘れちゃったの?

 とまあ、そんな突っ込みを追いつかないくらいに恋の炎を燃えたぎらせるキンジーに目がいってしまいがちであるが、私はこの作品、もっと別の読みどころがあるように思う。

 例えば、キンジーとリーバの奇妙な友情関係だ。キンジーは、身の危険を顧みず考えなしで行動するリーバに対して辟易しながらも、ファッションの相談を持ちかけるなど、不思議と好意的な感情を抱いている。このような同性同士の友情を描くことは、シリーズ中、ありそうで実はなかったことで、事件そのものは大したことが起こらないのに捜査のパートが印象に残るのは、この「女二人珍道中」のノリが利いているからでしょう。

 また、今回も齢80を超えてもなお男現役、ヘンリーとその兄弟たちが登場するが、なんとヘンリーの女性関係をめぐって兄弟喧嘩が勃発し、お互い「いい歳こいて何やってんだ!」と言い合うことになってしまうのだ。これまでもヘンリーの兄弟たちの恋愛模様はシリーズ中、しばし書かれてきたけど、ヘンリーたちの「老い」についてあまり作者はツッコミを入れずにいたはずだ。ところが、本作では、「老い」について、登場人物たちはちょっと深く考えこむような場面が登場する。『危険のP』で老人医療問題とりあげた時だってそんなに論じてなかったのに!

 このように本作ではキンジーの日常に起こる大小さまざまな事件、というか悩みを、それぞれ違ったテーマを内包しながら並行して描いており、「今後こんな風にバランスよくお話展開できるんだったら、ライフスタイル小説として良いんじゃねえ?」と、邦訳が続いてもおかしくなかったのでは、とちょっとそんな気がするまでに至ったのです。

 が、やっぱり駄目だ。最大のネックは、時代設定80年代で止まっていること。この手のライフスタイル小説の場合、読者の生活環境と小説世界が近似していることにより、小説内の主人公に共感、ないしは追体験が可能となるわけである。「キンジー・ミルホーン」シリーズのように完全に時代からかけ離れた空間(はっきりいって、80年代かどうかすらも書いていなければあやふやな感じ)を舞台にしてしまうと、「ライフスタイル小説」として読まれる場合に、読者のリアリティに訴えるのは難しいだろう。

 その意味では、1990年代後半から2000年代までに起こった「アレ」のブームが、ライフスタイル的な3F小説の人気低迷の原因だと考えているのだが、「アレ」の考察から語りだすと、ちょっと長くなってしまう。なので、この続きは次回「キンジー・ミルホーン・シリーズまとめの回」で。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

過去の「ふみ〜、不思議な小説を読んで頭が、ふ、沸騰しそうだよ〜 略して3F」はこちら

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