ふとしたはずみで、「そういえばあの作家はいまどうしているんだろう?」と気になることがあります。もちろん、自分がこれまで手がけた作家や大好きな作家は定期的にウェブサイトに目を通し、ニュースレターを受信するなどチェックを怠りませんが、これまで読んだすべての作家に同じだけの情熱をそそぐのは無理。翻訳が出ていなければ記憶の片隅に追いやられてしまいがちです。

 今月ご紹介するケイト・チャールズも、ずっと記憶の片隅に閉じ込められていた作家のひとりです。思い出すきっかけとなったのは、先月、本サイトに掲載された柿沼瑛子さんの「わが愛しのゲイ・ミステリ・ベスト5」と題する記事。あれを読んで、ケイト・チャールズのデビュー作『災いを秘めた酒』(創元推理文庫・品切)の主人公のひとりがとても繊細な性格の同性愛者で、その設定が物語に深みをあたえていたことを思い出したというわけ。といっても、今回ご紹介する作品にはゲイ・ミステリ的要素はほとんどないんですけどね。そのへんを期待してときめいた方がいらしたらごめんなさい。

 さて、そのケイト・チャールズですが、寡作ながらもコンスタントに作品を出しており、日本では『災いを秘めた酒』ののち、『死の誘い』『死のさだめ』(いずれも創元推理文庫・品切)が紹介されています。この3作はデイヴィッド・ミドルトンブラウンとルーシー・キングズリーのふたりが教会を舞台にした事件にいどむ、本格仕立てのシリーズで、章の冒頭に旧約聖書の詩篇を引用していることから、本国では〈詩篇シリーズ〉と呼ばれています。主人公のひとり、デイヴィッドは前述したように同性愛者で、1作めの『災いを秘めた酒』に登場する英国国教会の司祭ガブリエルと恋人同士だった時期があり、愛する人の幸せを願いながらも、彼への思慕を断ち切れずにいる姿がとても印象的に描かれていました。

 しかし、そんな彼も2作めの『死の誘い』ではルーシーに惹かれていき、やがて彼女と深く愛し合うようになります。個人的にはデイヴィッドにはいつまでも同性愛者のままでいて、ルーシーとは性差を超えた友人という設定をつづけてほしかったのですが、若い頃の結婚で深く傷ついた過去を持つルーシーとの仲は読んでいるこっちがじれったくなるほどじりじりとしか進まず、そこがこのシリーズの持ち味のひとつとなっているのも事実。

 というわけで、前置きが長くなりましたが、デイヴィッドとルーシーが活躍する教会ミステリの第4弾、A Dead Man Out of Mind をご紹介します。

 ロンドンの聖マーガレット教会の司祭として就任することが決まったのはなんと女性。新司祭のレイチェル・ナイチンゲールは一家3人で乗っていた車に酔っぱらい運転の車が突っこんでくるという大事故で幼い娘を失い、夫も植物状態になるというつらい過去を持つ人物で、4年がたったいまも1日に2度、朝と夜に病院を訪れては反応のない夫に語りかけ、本を読んで聞かせと献身的に尽くしています。そんな愛情深いレイチェルですが、保守的な教区民のなかには彼女を受け入れようとせず、あからさまに避ける者もいるほどです。女性司祭に対する偏見や反発には慣れっこのレイチェルは意に介しませんが、一部の教区民の不満はつのるばかり。そんななか、レイチェルはひき逃げ事故に遭って亡くなってしまいます。

 しかし、レイチェルが死の直前に早急に相談したいことがあると大執事に連絡を入れていたことや、前任の司祭が教会内で強盗に殺される事件が発生していたことから、殺人の可能性が出てきます。警察はそれぞれを別個の案件と片づけようとしますが、納得のいかない大執事は旧知のデイヴィッドとルーシーに、それとなく探りを入れてほしいと依頼するのです。ルーシーは親友を通じてレイチェルと親交があり、デイヴィッドはたまたま教区民のひとりから事務弁護士としての仕事を受けていたため、あやしまれることなく調査を進めますが、やがてさらなる悲劇が起こり……。

 過去3作をお読みの方はご存じでしょうが、このシリーズは物語の幕開けから事件が起こるまでがとても長く、だいたい半ばから5分の3を過ぎたあたりでようやくなんらかの事件があり、そこから謎解きが始まります。では前半はどういう内容なのかといえば、小さなコミュニティにあらたな人物が登場し、それによって引き起こされる動揺、緊張、小さな衝突などがいろいろな人の視点からていねいに描かれているのです。

 A Dead Man Out of Mind も基本的には同じ路線を踏襲していますが、前半ではコミュニティの人間模様以外に、事務弁護士であるデイヴィッドと画家のルーシーがそれぞれの仕事を通じて、聖マーガレット教会の教区民と接点を持つ様子が描かれ、これまでの作品にくらべてかなりの広がりを感じます。前半にちりばめられたいくつもの要素が後半の謎解きにうまく生かされ、あちこちに張られた伏線もきっちりと回収されていて、シリーズとしての円熟味が感じられます。

 1994年の作とずいぶん古い作品ではありますが、人間の心のありようという普遍のテーマを扱っているのと、教区という小さなコミュニティの出来事を描いているのとで、古めかしさを感じることはほとんどありません。時代を感じる箇所といえば、いまなら携帯電話で簡単に連絡がとれるところですれ違いがあったり、作中でIRAによるテロが発生する点くらいでしょうか。

 そうそう、ゲイ・ミステリの要素はないと最初のほうに書きましたが、このシリーズ、デイヴィッド以外にも必ず同性愛者が脇役として登場します。A Dead Man Out of Mind も同様で、デイヴィッドが話を聞きに行く同性愛者の男性がなかなかいい味を出していることを最後につけ加えておきます。

ケイト・チャールズ公式サイトhttp://www.katecharles.com/

東野さやか(ひがしの さやか)ジョン・ハートやウィリアム・ランディの重厚なミステリのほか、ローラ・チャイルズのコージー・ミステリも手がける。洋楽好きでアイドル系からヘヴィメタルまで雑食的になんでも聴く。座右の銘は「生涯ミーハー」。

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