「スー・グラフトンの次は、サラ・パレツキーじゃないの???」そう思った人、手を挙げて。はあい、実は私もシンジケート上層部からの命令が下った時に、そう思いました。そもそも、P・コーンウェルの「検屍官」シリーズが3Fミステリーにカテゴライズされるなんて意識すらなかったもんね。

 しかしよく考えてみればこのシリーズ、しっかりと3Fミステリーの条件を備えているじゃないか。作者=女性、主人公=女性、読者=西田ひかる……

 「に、西田ひかる!?」

 ふざけているのかお前、と怒号が飛んできそうですが、いえいえ、大真面目です。

 かつて、朝日新聞で「私が愛した名探偵」という連載があったのをご存じだろうか。毎回各界の著名人が登場し、自分のお気に入りの名探偵・ミステリーの主人公について熱く語るという企画である。北村薫が語る「エラリー・クイーン」というミステリファンにとってはお馴染みのチョイスから芸能リポーターの故・梨元勝の「七人の刑事」(余談だが、この回で梨元氏が語った俳優・芦田伸介にまつわるエピソードがすごい!)といったユニークなセレクトまで、多種多彩な有名人が「名探偵」へのほとばしる情熱をぶちまけるのを、私は毎週楽しみにしていたのだ。

 その中でも一際印象深かったのが、西田ひかるの「ケイ・スカーペッタ」だった。あの「フルーチェ」のCMに出ていたおねいさんが「検屍官」を読んでいるとは! 以来、私の頭の中にはP・コーンウェルといえば西田ひかる、という認識が出来上がったのでした。実際小説を読んだのは、その10年以上も後の現在になるわけだが……。

 残念なことにこの連載以後、ケイ・スカーペッタについて語る西田ひかるの姿を見かけることはなかった。勿体ない。彼女にはもっとP・コーンウェルについて語ってもらいたい。そこにはきっと、ミステリー中毒者とは違った「検屍官」シリーズの楽しみ方があるはずだから。

 というわけで、今回から始まる「ケイ・スカーペッタ」シリーズ編は、「この思い、あの人に届け!」とサブタイトル付きでお送りします。あの人とは当然、西田ひかる。彼女にもう一度コーンウェルを熱く語ってもらいたい。そんな願いを届けるような思いで「ケイ・スカーペッタ」シリーズを徹底解剖する、それが「スカーペッタ」編の狙いだ。いや、繰り返すけど、大真面目だよ、本当に!

〈おはなし〉

バージニア州リッチモンドの女性たちを震え上がらせる凶悪な強姦殺人が発生。姿なき殺人犯の手によってついに被害者の数が4人にまで達した。事件を担当する美貌の検屍官ケイ・スカーペッタは、4人目の被害者の夫が犯人だと捕らえるベテラン刑事マリーノと対立しながら科学捜査を駆使して真犯人を突き止めようとする。しかし、ケイの身に事件捜査に関する機密漏えい疑惑が持ち上がり……。

 読み終わって心の中で一言、「詰め込みすぎ!」と叫んだ。デビュー作における気負いなのか、ともかくあらゆる要素を小説に盛り込もうとした結果、かえって主人公であるケイのキャラクターが掘り下げられぬまま話が終わってしまった感じが否めないのだ。

 本作はタイトルの通り、ケイの「検屍」による事件捜査が描かれるものの、FBIの心理分析官ウェズリーによるプロファイル、コンピューターを利用した犯罪情報管理といった「検事」以外の(当時における)「ハイテク」捜査手法への言及も多い。検屍に限らず、あらゆる最先端技術による捜査を書き込むことで、本作が極めて「新しい」リアリティを持った捜査小説であることを(当時は)アピールしようという意図があったのだろう。そこまではいい。

 問題は、肝心の検屍捜査が結局犯人を追いつめる決定打として機能していない点にある。4番目の被害者の夫が犯人ではないことをケイは主張するのだが、その主張が検屍で掴んだ客観的事実によるものではなく、ほぼケイの「女のカン」であるのだから、ズッコケてしまう。しかも犯人を追いつめるのが検屍による推理ではなく、単純に罠をしかけて相手をおびき出すときたもんだ。レーザーだの何だの駆使して、あれほど鋭い分析してたのに、ラストは検屍、関係ねえじゃん。

 警察の同僚・上層部との確執、というトピックにしてもそうだ。マリーノ刑事がスカーペッタを毛嫌いする理由がモヤッとしたままであり、しかもそのわだかまりも終盤でいつの間にか自然消滅している。主人公が組織内でどのような壁にぶつかっており、それを克服していくか、という部分が不明瞭なまま物語は終わってしまう。

 州地区検事ボルツとの恋愛、司法精神医によるカウンセリングなど、ケイのプライヴェート的な要素も、面白そうなネタはあれども未消化のまま放置。

 あらゆるファクターを小説内に詰め込みすぎた結果、ケイという主人公の人となり、人物設定の統一性が取れず、極めてとらえどころのないキャラクターに思えてしまうのだ。本作以降のシリーズで、もっとケイの人物が滲み出るようなエピソードの掘り下げ方を期待します。

 ただし、ケイ本人ではなく、彼女の姪であるルーシーにまつわる話は秀逸。10歳の子供でありながら、ケイのパソコンをバリバリ使いこなしハッカーまがいのことまでできちゃう天才少女なのだ。にもかかわらず浮気性の母親のせいで、愛情に飢え理解してくれる人間を求めるその姿は、優秀な検屍官でありながらどこか孤独なケイとオーヴァーラップする。優秀がために抱える他人にはわからない孤独、それがこの「検屍官」シリーズの大きなテーマなのかもしれない。

 また、本筋とは全く関係ないものの、ケイがルーシーの前で披露する料理の描写が良い。このピザ、本当に美味そう。「スカーペッタ」シリーズの食べ物については『パトリシア・コーンウェルの食卓』という本が刊行されていたりと、その評判は有名であるが、実はこの料理の描き方にしても、西田ひかるが「私が愛した名探偵」で言及していたので私は知ったのです。うーん、やっぱり西田さんの「スカーペッタ評」を再び読みたい。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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