この連載、ここんとこ「お仕事小説」だの国内ミステリーとの関連だのと、あれこれ考えては袋小路に入ってしまうというパターンだったが、大事なことをすっかり忘れていたよ。この読書日記の目的は、西田ひかるにもう一度P・コーンウェルを語ってもらえるように、思いを届けることじゃなかったのか!? よし、ここは初心を取り戻し、西田ひかるになったつもりで第6作『私刑』にトライだ!

【あらすじ】

 クリスマス直前に、ケイ・スカーペッタのもとに、未だに逃亡を続ける殺人鬼ゴールトがニューヨークに再び現れたとの情報が舞い込む。セントラルパークで身元不明の女性の死体が発見され、その殺害方法がゴールトの手口と酷似しているのだという。宿敵ゴールトを今度こそ捕えるべく奮闘するケイだったが、捜査に関わる者たちが次々と姿の見えないゴールトによって殺されていく。怪物の如きゴールトに対し、ケイは次第に恐怖を募らせていき……。

 西田ひかるになったつもりで、なんて言ったけど、今回の作品、「西田ひかる成分」(命名・杉江松恋氏)がゼロだよ! だってこれ、変態的な殺人鬼が延々と人を殺しまくる小説なんだよ。マリーノはもちろん、気が付いたらケイと不倫の関係になっちゃったFBIのベントン・ウェズリー、そして前作でアル中になりFBIをクビになりかけたにも関わらず本作でもちゃっかりFBIの技術開発研究所に勤務しているルーシーも登場して活躍する。するんだけど、如何せん殺人者ゴールト君の殺しっぷりがあまりにも目立ってしまうお話なのだ。

 なんせこのゴールト、ただの殺人鬼にしては、あまりにも万能すぎる(“ただの殺人鬼”って言い方もヘンだけど)。訓練されているはずの捜査官たちの不意を衝いて次から次へと殺していくその様は、サイコ・キラーというよりランボーみたいだ。刑事の1人はモルグの焼却炉で焼かれちゃうし。清純なアイドルが読むにはあまりに不似合だろ、こんな場面! 入ろうと思えばどんな建物にも侵入できるし、おまけにハイテク機器も相棒のキャリーのおかげで使い放題。『検屍官』の帯には「ゼロ年代翻訳ミステリーの代表作!」の下に「リアルな犯罪」とか書いてあるけど、世の中こんな犯罪者だらけだったら、世界滅ぶわ!

 では、このゴールト、敵役として魅力があるのかといったら……そうでもないというのが正直な感想だ。ケイやマリーノがやたらとゴールトを「異常だ」と言っているが、じゃあどこでどのようにゴールトが狂ってしまったのか、ということは不明瞭なままなのである。ゴールトの異常さや万能ぶりに対するバックボーンがほぼ抜け落ちているわけであり、この殺人鬼が極めて薄っぺらいキャラクターに見えてしまうのだ。

 一方で主人公のケイも、シリーズを重ねるごとにそのキャラクターが何だかよくわからないものになっている。そもそも、ルーシーが作品ごとに目まぐるしく成長しているのに対し、スカーペッタ自身は全く年を取っていないように思える。姪がこれだけ時の経過を感じさせるのに、ケイはまるで時が止まったかのようで、これはかなり不自然。

 また、ゴールトを追いかけるためにリッチモンドを飛び出してあちこち出掛けるようになった辺りから、「検屍局長」としてのケイの葛藤が描かれなくなっている。つまり“組織の中の一個人”としてどう生きるべきか、という要素がなくなっているのだ。以前にも説明した通り、ケイ・スカーペッタの最大の特徴は、ライフスタイル的な3F私立探偵小説の主人公のようでありながら、組織に属する仕事人としての苦悩を書いていることだった。『私刑』では「組織の中での在り方」を問うような場面はなく、不倫と姪の行く末に悩む「私人」としてのケイ・スカーペッタがクローズアップされている。

 このことを、キャラクターから注目すべき要素が抜けてしまった、読みどころがひとつ減ったかな、と私は考える。刊行当初は売りだったであろう「科学捜査ミステリー」としての側面も、科学捜査に加え、より強烈なサスペンスと巧みな騙しのテクニックを持ったジェフリー・ディーヴァーの「リンカーン・ライム」シリーズにお株を奪われてしまった感がある。にもかかわらず、「ケイ・スカーペッタ」シリーズはいまだに邦訳刊行され、累計発行部数が1千万部以上の「人気タイトル」になっている。

 一体なぜシリーズを読み続けるのか? そこのところを、ぜひ(もし今も読み続けているのなら)西田ひかるさんに聞きたいが為に、この連載を続けているわけですよ。目指せ、ミステリ酒場番外編「西田ひかる祭り」!(「P・コーンウェル酒場」じゃないのかよ)

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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