今回紹介するシリーズの著者であるノア・ボイドは現役のFBI捜査官とのことで、はみ出し者の元捜査官、スティーヴ・ヴェイルを主人公とする作品を二冊上梓しています。

 デビュー作 The Bricklayer (2010)では、殺人を繰り返しながらFBIを恐喝する〈ルバーコ・ペンタッド〉と名乗る謎の犯人と対決、第二作の Agent X (2011)では〈計算法(calculus)〉と名付けられたロシアの二重スパイが残した手がかりを解読しながら米国内で活動しているスパイ網を追います。

 ヴェイルは優秀な捜査官ながら組織内で行動する不自由さに耐えることを拒否してFBIを退職、シカゴで煉瓦職人(bricklayer)として暮らしている、という設定。

 The Bricklayer は銀行強盗の場面から幕を開けますが、たまたまそこに居合わせたヴェイルが二人の犯人を一瞬のうちに取り押さえ、警察が突入する前に姿を消す、というアクションものが好きな読者にとってはたまらない展開です。

 FBIはたまたま銀行の監視カメラに残されていた映像からヴェイルを確認するが、神出鬼没の〈ルバーコ・ペンタッド〉に翻弄され、内通者がいると疑心暗鬼になっていたラスカー長官は藁にもすがる思いでヴェイルを説得して捜査に当たらせる。

 第二作の Agent X では、ヴェイルを空港まで送ろうとしていたバノンに、地元警察から捜査を手伝ってほしいという電話が入る。七歳の少年がマラソン大会で失踪し、元FBIである署長が旧知のバノンを頼って連絡したのだが、ここでもまたヴェイルが獅子奮迅の活躍を見せ、数時間で事件を解決する。

 しかしほっとしたのも束の間、ヴェイルとバノンはラスカー長官から直々の呼び出しを受ける。FBIの対諜報部門は〈計算法〉と名付けたロシアの二重スパイと接触していたが、その男が突然「本国に召還された」というメッセージを残して連絡が途絶えてしまう。

〈計算法〉はKGBの後継組織であるSVRに操られている米国人二重スパイのメンバーに関する情報を一人ずつ手渡し、その都度支払いを受ける予定だったが、万が一そのことがロシア側から暴露されればFBIにとっては大失態となる。

 ラスカーは〈ルバーコ・ペンタッド〉事件を解決したヴェイルの腕前を見込んで再度の復帰を懇願する。

 原書の表紙に記された推薦文ではヴェイルをリー・チャイルド描くところのジャック・リーチャー(『前夜』)と比較しているものがありましたが、リーチャーほど強面には描かれていません。ヴェイルの捜査法は集められたデータを精査して、何か奇異に見えるものを拾い出すというもので、荒事にも強いものの、どちらかというと頭脳派という印象を与えます。

 皮肉な性格で、事件に取り組みながらも自分のことを快く思わない管理職に足を引っ張られるだろう、と達観しているヴェイル。何れの作品でも相手側が繰り出す罠や謎めいたメッセージを次々と突破しますが、早期解決を図ろうとするFBIの現場側は安易に結論付けて収拾を図ろうとします。

 そんな両者の間に立たされるのが、副長官補佐のケイト・バノン。ラスカー長官は現役組との軋轢を避ける後ろ盾として、また犯人逮捕のためなら規則を無視することも厭わないヴェイルのお目付け役として彼女を起用します。優秀な捜査官であり、FBI内で順調に昇進を重ねているバノンですが、単なる管理職にとどまることなく、孤立しがちなヴェイルを支援しながら自分からも捜査に取り組んでいきます。

 一見すると解決したかのように見える結論には満足せず、徹底的に真相を突き止めようと時には唯一の味方である筈のバノンを出し抜いてまで単独で捜査を続けるヴェイル。物語は一つの謎を解決しても次から次へ新たな謎が現れる目まぐるしい展開で、息つく間もなく結末まで引っ張っていかれます。

 始めはぎこちないヴェイルとバノンですが、徐々にお互いを意識するようになり、皮肉やユーモアの混じった二人のやりとりは緊迫した雰囲気の中でも時折にやりとさせてくれます。二作とも最後の場面は実に気の利いたものに仕上がっており、著者のセンスの良さに感服しました。

※ここまで書いて著者に関して少し調べておこうとインターネットで検索したところ、ノア・ボイドがポール・リンゼイ(『目撃』)であること、その上リンゼイが9月に亡くなっていたことが判明。

http://www.ticklethewire.com/2011/09/03/paul-lindsay-ex-detroit-fbi-agent-and-prolific-author-of-7-novels-dead-at-68/ )。

 The Bricklayer を読み終えた時には「こんな展開で実際の事件が解決すれば良いのに」という著者の願望を表現したものか、と思ったりしましたが、『目撃』の著者であればヴェイルのような枠にはまらない人物を主人公に据えたことは納得がいきます。しかしシリーズ三作目を期待していただけに、残念でなりません。

 ボイド(リンゼイ)氏のご冥福をお祈りします。

寳村信二(たからむら しんじ)20世紀生まれ。訳書は『オーロラの魔獣』(リンカーン・チャイルド)。2011年に観た映画では今のところ『レイン・オブ・アサシン』と『ゲット・ラウド』がベスト。

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