書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 今週末には「このミステリーがすごい!」が刊行されます。あの本が出ると、なんとなく「ミステリーの出版年度が切り替わったな」という気分になりますね。しかしそんなことは一切関係なく読書生活は続くのです。次は何を読もうかなっと。

 今月も書評七福神のマイベストをお伝えします。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『シャンタラム』グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ/田口俊樹訳

新潮文庫

 スラム街小説であり、刑務所小説であり、戦場小説だが、同時に犯罪小説でもあり、家族小説でもあり,恋愛小説でもある。小説のあらゆる要素をぶち込んだ迫力満点の小説だ。正月休みの読書に最適の一冊だ。

吉野仁

『シンドロームE』フランク・ティリエ/平岡敦訳

ハヤカワ文庫NV

 謎の短編映画にまつわる奇怪な事件、および工事現場から発見された、脳味噌の抜き取られた五体の死体をめぐり、二人の刑事が活躍する。おぞましいサイコホラーものかと思って読んでいくと、どんどんスケールの大きな展開を見せていく。いろいろな意味で読みどころたっぷりのフレンチ・スリラーだ。

酒井貞道

『シャンタラム』グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ/田口俊樹訳

新潮文庫

インド社会のカオスっぷりを、これほど鮮烈に描破し得た作品はなかった。インドを多面的に描くために用意されたプロットに、波瀾万丈のストーリー(スラム! ギャング! 戦争!)、奥行き深い人物描写、鋭くも豊かな文明批評が盛り込まれ、無上に豊穣な小説世界を顕現させている。なお今月は、ニック・ストーン『ミスター・クラリネット』が、ハイチを舞台に、失敗国家ならではの戦慄のノワール劇を展開し、これまた無上に素晴らしい。インドとハイチ、貴方はどっち?

千街晶之

『シンドロームE』フランク・ティリエ/平岡敦訳

ハヤカワ文庫NV

 今月はこれとニック・ストーン『ミスター・クラリネット』のどちらにするか迷ったが(ヘヴィーさ、禍々しさなら互角)、奇想度の高さでこちらを選んだ。セオドア・ローザック『フリッカー、あるいは映画の魔』、鈴木光司『リング』、古川日出男『13』、倉数茂『黒揚羽の夏』といった、映像の魔力を文章で再現しようとする果敢な試みの系譜に、また新たな作例が加わった。

霜月蒼

『シンドロームE』フランク・ティリエ/平岡敦訳

ハヤカワ文庫NV

 呪術と害意がドロドロしている私立探偵小説大作『ミスター・クラリネット』(RHブックス+)にすべきかと迷ったが、こちらを。ノワールの最深部を病みきった散文詩のかたちで探索してきたティリエが何とクライトン風のアプローチを見せた。だが「心の闇」という安易な名をつけられたフォルダの中を徹底してディグ=ディグ=ディグする姿勢にビタ一文もブレはない。何よりも社会の暗部のおぞましさを焼きつけた不吉なフィルム!——病いの幻視者の忌まわしい詩学は健在だ。

川出正樹

『緋色の十字章 警察署長ブルーノ』マーティン・ウォーカー/山田久美子訳

創元推理文庫

 素朴だけれどもゆったりと平穏な生活を送る人びとが暮らすフランスの最奥部と呼ばれる小村で起きた老人殺しの背後には、今なお消えぬ第二次世界大戦の深い爪痕と増え続けるアラブからの移民問題が。美しく有能な仕事仲間に自家製胡桃ワインを振るまい、トリュフ入りオムレツでテニス仲間を饗する村でただ一人の警察官ブルーノは、愛するコミュニティを護るために初めての殺人事件に奮闘する。嗚呼、フランス家庭料理を食べに行きたい!

杉江松恋

『転落少女と36の必読書』マリーシャ・ペスル/金原端人・野沢佳織訳

講談社

 引越しを繰り返し、各地で愛人をこしらえる大学教授の父と濫読生活の娘・ブルー。この二人に出会った瞬間にノックアウトされてしまった。お話はブルーがハイスクールで遭遇することになる事件、事態を描いたものなのだけど、とにかく本文中に出てくる本や文学についての情報量がものすごい。章題はすべて実在の文学(1つだけ架空のものが混じっている)からとられており、章の内容もその原典と呼応しているのである。ミステリー好きだけではなく読書家全般にぜひこの小説を読んでもらいたい。

 大作揃いの月間になりました。次回はいよいよ2011年最後の月。どんな作品が上がってくるのでしょうね。次回もお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧