書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 本年も書評七福神をよろしくお願いいたします。宝船の代わりに今月も、それぞれのマイベストをお伝えします。宝物満載ですよ。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

川出正樹

『破壊者』ミネット・ウォルターズ/成川裕子訳

創元推理文庫

 暴行され死体となって入江に打ち上げられた母親と二十キロ離れた港町で一人歩いているところを保護された三歳になるその娘。嘘をつく人びとの証言を吟味し、被害者と容疑者の内面を彫刻して、「いったい何が起きたのか?」を明らかにしていく意表をつく展開のなんと面白いことか。読後、Who are you?という問いが澱となって残る構成力と演出力に秀でた謎解きミステリの傑作だ。

北上次郎

『リヴァイアサン』スコット・ウエスターフェルド/小林美幸訳

早川書房

「銀背」のSFシリーズが37年ぶりに復活して、その第1回配本がこれだから、本来なら当欄の対象外だろうが、しかし少年少女の冒険活劇でもあるので、SFファンだけに読ませておくのはもったいない。昔懐かしい香りが漂う冒険小説として読みたい。三部作の第一部なので、まだ何もはじまってないけれど、今後の展開が楽しみだ。

千街晶之

『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル/日暮雅通訳

ハヤカワ文庫NV

 聞いたこともない地名や馴染みのない固有名詞が大量に出てくるにせよ、物語は一見、普通の警察小説のように始まる。ところが、舞台となる二重都市国家を支配する異常な掟が明かされてからは、あまりにも不条理な設定に呆気にとられることは必定だ。現実にあり得ない異世界にただならぬリアリティを付与してみせた著者の想像力と筆力に畏怖すべし。

酒井貞道

『解錠師』スティーヴ・ハミルトン/越前敏弥訳

ハヤカワ・ミステリ

 言葉を失った少年の、甘酸っぱく切なく仄暗く、そしてスリリングな青春を描く、素晴らしきクライム・ノベル。人生を静かに振り返る、老成したかのような主人公(でも二十代)の語り口が、えもいわれぬアトモスフィアを醸し出す。誰もが楽しめる逸品です。

吉野仁

『解錠師』スティーヴ・ハミルトン/越前敏弥訳

ハヤカワ・ミステリ

 ロックされたものなら何でも解き開ける犯罪者マイクル、その劇的な半生。なのだが、刑務所において過去を振り返る構成と口が聞けない主人公キャラ設定が実に効果的だ。読み出したら止められなかった。あと、子どもを含む登場人物全員の性的な姿と他人がそれをどう見てるかという「世間」が容赦なく暴かれたミネット・ウォルターズ『破壊者』に恐れおののく。

霜月蒼

『ブエノスアイレス食堂』カルロス バルマセーダ/柳原孝敦訳

白水社

 この作品を読み逃していたクライム・フィクション・ファンは俺だけではないと思いたい。帯に曰く、「アルゼンチン・ノワール」。だが英米仏日のそれとは趣を変える。日常と歴史を同時に収めるスペイン語圏独特のパースペクティヴが愛と美食と暴虐の神話を描き出す——淡々と/酷薄に/官能的に/わずかな皮肉とともに。ジェフ・ニコルソンの怪作『食物連鎖』を思い出した。

杉江松恋

『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル/日暮雅通訳

ハヤカワ文庫NV

 奇想によって構築された都市を舞台とする警察小説。こう書くだけでおもしろそうだ。作者は都市のディテールを執拗に書き込んでいて、そのために半端ではない説得力がある。ありえない街の情景が浮かんで見えるのだ。さらに、主人公の「刑事魂」の描かれ方もいい。プロット自体は単純なものだが、主人公への感情移入が強いために幕切れが胸に迫る。SFという要素を別にしても素晴らしい小説である。次点は自分で解説を書いた『破壊者』。ウォルターズの中でも上位に入る作品だと思う。

 またもや傑作揃いでした。こいつは春から縁起がいいや。さあ、2012年が始まります。読書を楽しんでまいりましょう。(杉)

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