全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 気がついたら早くも年末ですね。クリスマスだろうがお正月だろうが休めないお仕事をされている方々、どうかくれぐれもお身体ご自愛くださいませ。しかし事件や犯罪には季節も休日も関係ないのが辛いところ。せめて退勤後はゆっくり休んで翌日の労働に備えたいのに夜中に電話してきたり、さらには家にまで押しかけてきて自分の疑問を解決しようとする困った上司がミステリの中にはたくさん登場するんですよねえ。筆者が真っ先に思いつくのはコリン・デクスターのモース主任警部。部下のルイス巡査部長は上司が類稀なる推理力の持ち主だと信じて疑わないので、たとえばパブの支払いを立て替えても一向に払ってもらえなかったり、ちょうど夕飯時に家に来られたりしても、(そんなに)文句も言わずに言うことを聞いてしまいます。というわけで今回は、前回に引き続き、“マイペースな上司に振り回されていい迷惑だけど心底から怒れないのはやっぱり好きだから(?)”シリーズ第二弾として、フレッド・ヴァルガス『ネプチューンの影』(田中千春訳/創元推理文庫)をご紹介します。

パリ十三区犯罪捜査警察の署長ジャン=バチスト・アダムスベルグは、犯罪捜査の最先端技術を学びに、部下たちとケベックの王立カナダ警察に行くことになりました。ところが部下の一人ダングラールは無類の飛行機恐怖症。断れば昇進の妨げになると、仕方なく行く決意はしましたが、頭の中ではムクドリの大群が襲来して機体が空中爆発するという妄想から逃れられません。おまけにチームの一員になった婦警ルタンクールはどうやら自分のことを嫌っている様子。しかし部下の一人が彼女に対してあからさまな中傷と下卑た物言いをしたとき、アダムスベルグは処分もかえりみずに大胆な行動に出ます。そんな時、ゴタゴタも吹き飛ぶような事件がアダムスベルグの耳に入ります。殺された被害者の身体に等分にうがたれた三つの刺し傷、凶器を所持し、泥酔状態で記憶をなくした容疑者。これとまったく同じ特徴を持った殺人事件が三十年前にも起きており、その時の第一容疑者はなんとアダムスベルグの弟だったのです。

 自分と弟を不幸にした猟奇殺人事件。実はその事件の前後にも、違う場所で同じ手口の犯行が繰り返されていたのです。警官となって弟の嫌疑を晴らさんと長い間捜査を続けていたアダムスベルグでしたが、十六年前、ある理由で捜査を打ち切っていました。しかし再び犯人が行動を開始したことで、彼はあらためて全力で事件に取り組み始めます。アダムスベルグは当時同じ土地に住んでいた高名な判事フュルジャンスが真犯人だと確信しており、今回の事件も彼による犯行だと力説するのですが、周囲の誰もがそれを信じてくれません。なぜなら……。

 物語はアダムスベルグの執念の再捜査と、出張先のカナダ警察でのおかしくも緊張する日々、卑劣な犯人が仕掛けた恐ろしい罠、そして驚愕の真相と、一度読み始めたが最後、結末に至るまでまったく読む手が止まらないという一気読み必須本です! 読んでいるあいだじゅう――

 ええ? まさかそんなわけないよね? え? そうなの?? ウソでしょ! だから気をつけないとダメだって言ったのに!

 と、最後の最後まであちらこちらに振り回される驚きの展開が満載です。そして忘れてはならないアダムスベルグとダングラールの関係ですが、もともと理性と常識の塊で真面目に堅実な人生を歩むダングラールと、物腰はやわらかく飄々としてはいるものの、直感と本能にしたがって我が道を行く天才肌のアダムスベルグはいわば正反対。

 アダムスベルグには人並みはずれた鷹揚さ、穏和さがあった。よく言えば物にこだわらない性格、悪くすれば無関心ととる人間もいた。その雲のような本性を掴もうとしても、神経をすり減らすだけである。

 いまだに拡大コピーすらできない上司が突然夜遅く家にやってきて、緊急事態だとタクシーで街中に連れて行かれ、何かと思えばポスターに描かれた人物が誰なのかいきなり質問するんですよ! なのにネプチューンや三叉槍(トリダン。アクアマンが持っているアレですね)について教えるダングラールは“真夜中に神話の講義ができて大喜び”し、聞きたいことを聞いた途端に「ありがとう。もう帰っていい。また寝てくれ。起こして悪かった」と一方的に去ったアダムスベルグを見送って微笑むという……いやそれ、むしろ怒ってもいいんじゃね?と思わずにはいられませんが、それどころか――

 夢のようなナンセンスな状況に急に嬉しくなり、その日の不快感がすっ飛んでしまった。アダムスベルグはさっきの彼の無礼を根に持たないばかりか、常軌を逸した愉快な場面を用意してくれたのだ。ダングラールの心は上司に対する感謝の念でいっぱいになった。

 うーん、それ、騙されてない? そしてとどめが――

 アダムスベルグの微笑は抵抗を失わせ、北極の氷も溶かすと言われていて、ダングラールにとっても例外ではなかったからだ。五十を過ぎたダングラールには受け入れがたい事実なのである。

 まあそこまで自己分析できてるなら何も言いません(笑)。これからも仲良く仕事してください!

 そして本書ではなんと究極の美老人までも出てくるんですよ! アダムスベルグが真犯人と目すフュルジャンス判事、“いい年をしていながら非常に美形だった”とか“悪魔の美しさ”とか次々に褒め言葉が出てくるんですが、中でもアダムスベルグが持っていた写真をダングラールに見せた時――

「美形だろう? 強烈だろう?」
「すごい」

 という会話がなされるほど。しかし強烈な美老人って、一体どんな風貌なのか激しく気になるんですが! 以前ご紹介した『死者を起こせ』でも書きましたが、ヴァルガス先生はことのほか美中年、美老人キャラに力を入れているように思えて大変好感が持てます(笑)。

 そして腐要素ではないんですが、本書の中でとりわけ大きな読みどころとなっているのが、婦警ルタンクールの大活躍。35歳、179センチ、110キロ。その優れた頭脳が生み出す計画、格闘、医術などの技の数々が、あまたの男キャラたちを軽く凌駕し、まさしく痛快そのもの。とりわけ後半のあるシーンは、その手があったか!(いや普通は無い)としか言えないようなウルトラ珍作戦で、思わず声を出して笑っちゃいました。CWA賞、813賞を受賞した本書はシリーズの三作目ですが、いきなりここから読んでもまったく問題ありません! 気に入ったらぜひ一作目『青チョークの男』、二作目『裏返しの男』も読んでみてくださいね。

 さて、『ネプチューンの影』では他にも予想外の才能を持った人が出てくるのですが、〈まさかの意外な才能〉を発揮するキャラが出てくると楽しいですよね。それが複数ならなおのこと。1月3日(金)公開の韓国映画『エクストリーム・ジョブ』がまさにそれ! お正月休みにふさわしい、ユーモアたっぷり、アクションもばっちりの刑事ものです。


【物語】
 コ班長(リュ・スンリョン)率いる麻薬捜査班は、大規模組織の摘発が失敗続きで今や解散まで秒読み状態。後がない彼らは組織のアジトを徹底的に監視するために、向かいにある売れないフライドチキンの店を借り受け、24時間張り込みをすることに。疑われないように適当に店の営業を始めたところ、普段はパッとしないマ刑事(チン・ソンギュ)がまさかの絶対味覚を持っていたことが判明。偽店とは気づかず入ってきたお客に出した特製チキンがあまりの美味さに評判を呼び、ひっきりなしに行列ができるような有名店になってしまった。こんなことで果たして大物麻薬犯は逮捕できるのか?


 ボンクラ刑事たちが一念発起で起死回生のチャンス!というだけでもつかみはオッケーなのに、本来の目的がどんどんあさっての方向に流されていき、気づいたら絶体絶命! そこで明かされるまさかの事実! ひたすら笑って、ちょっとホロっとして、痛快なフィニッシュに拍手喝采! そして悪党の名前がなぜかテッド・チャン!<? という大盤振る舞いの作品です!


 劇中のフライドチキンがたまらなく美味しそうで、空腹時の鑑賞は避けたほうがいいかもしれません。そしてこの映画が気に入った人には、ソフィー・エナフ『パリ警視庁迷宮捜査班』(山本知子・川口明百美訳/早川書房)もオススメ! クセのある落ちこぼれ刑事たちが意外な特技で事件を解決する楽しいミステリで、こちらも美味しそうな食べ物描写が満載です。グルメと笑いがつまったミステリ二作をお供に、よいお正月をお迎えください。


■映画『エクストリーム・ジョブ』2020.1.3(金)公開!【本予告】 ■


タイトル: エクストリーム・ジョブ
公開表記: 2020年1月3日(金)シネマート新宿ほか全国ロードショー
コピーライト: © 2019 CJ ENM CORPORATION, HAEGRIMM PICTURES. CO., Ltd ALL RIGHTS RESERVED
配給:クロックワークス

CAST
: リュ・スンリョン、イ・ハニ、チン・ソンギュ、イ・ドンフィ、コンミョン (5urprise)、シン・ハギュン、オ・ジョンセ

STAFF
: 監督:イ・ビョンホン、脚本:ムン・チュンイル、撮影:ノ・スンボ、照明:パク・ソンチャン、音楽:キム・テソン、美術:イ・ジョンゴン、編集:ナム・ナヨン

2019年/韓国/111分/シネマスコープ/5.1ch
原題:극한직업/英題:EXTREME JOB/字幕翻訳:福留友子

公式サイト: http://klockworx-asia.com/extremejob/

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho










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