うへえ、今回の『審問』から上・下巻2冊になったのかあ。シリーズを重ねるにつれて頁数が増していくのは感じていたけれど、今回は上巻、下巻合わせて760頁以上、今まで読んできたコーンウェル作品の中では最長だ。中身の方も長さに見合ったものだといいんだけどね。

(あらすじ)

フランスから来た殺人鬼「狼男」ことジャン・バプティストに自宅を襲撃され、心身ともに深いダメージを追ったケイ・スカーペッタは、知り合いの精神科医アナの元に身を隠す。精神的に安定しないケイに、更なる災厄が降りかかる。リッチモンド市警副署長ダイアン・ブレイの殺害容疑で、ケイを起訴すべきか否か特別大陪審が動き出したのだ。ブレイを殺したのはバプティストとみられていたはずなのに何故?追いつめられたケイはある重大な決断をする。

 読後思い浮かんだ一言は、「あのコーンウェルが“伏線の回収”なんてやってるよ!」だった。じつに、じつに意外でした。

 本作は前作『警告』の続編になっており、「狼男」事件で解決されていなかった事柄の顛末が描かれる。が、それだけではない。『死体農場』以降の作品、つまり殺人鬼ゴールトとキャリーが大暴れし、恋人ベントンが「あんなこと」になってしまうまでのお話のなかに、実はあ〜んな秘密やこ〜んな秘密が隠されていましたよ!というのが発覚するのだ。

 例えば『私刑』で舞台が唐突にニューヨークに変わったことや、『業火』でベントンが取った不可解な行動など、それまでどう考えてもコーンウェルが思い付きでこんなこと書いたに違いないと思わせるような部分に、かなりの強引さはありながらも一応の説明を加えようとする。すごいぞコーンウェル、まだあなたにはミステリを書く気があったんだね。

 いや、決して嫌味で言っているわけではない。この連載で再三再四書いていることだけど、コーンウェルってケイ・スカーペッタという“キャラ”を書く事だけに興味があり、シリーズのファンもケイがどう描かれているかにのみ注目しているように思えたのだ。ところがコーンウェルは本作でいきなり「実はあたし、こんなところに伏線張ってたのよ、ふっふっふ」とニヤニヤ笑いかけてきやがった! 伏線の回収によって浮かび上がる真相は……まあ、ぶっちゃけ大したことないし、そもそも無理筋にも程があるのでそこにサプライズを覚えることはない。コーンウェルが伏線を仕込んだミステリ小説を書いていたことそのものに驚愕したわけです。いや、だから嫌味じゃないよ、本当に。

 また、スカーペッタと「狼男」事件の再捜査に乗り出す優秀な女性検事バーガーにも「はじめてコーンウェル作品で好感をもてるキャラクターが現れた……」という感動を覚えた。ケイと反目し合ったり、慰め合ったりしながら事件解明を目指すバーガーは、マイクル・コナリー『真鍮の評決』で主人公の弁護士ハラーを警戒しながらも己の正義を遂行するために彼を助けるハリー・ボッシュのようで、主人公より存在感たっぷり、しかも格好いい。

 と、高評価のポイントから入ってみましたが、もちろん難点もある。

 長い。この話、上巻くらいの頁数で収まるだろ絶対。前半(というか上巻のほとんど)のケイと精神科医とのやり取り、何の意味があったのかさっぱりわからない。

 また、シリーズの伏線回収にしても、今までの作品を一通り全部読んだことを前提に書かれており、過去の出来事に対する一補足説明もないに等しい。これは本作に限らず「検屍官」シリーズ全体に言えることだが、シリーズをすべて追っかけていない読者にとっては完全に「一見さんお断り」の小説なのだ。無論、過去の作品を読んでおかないと理解できない小説シリーズは結構あるが、ここまで途中参入を拒むシリーズも珍しい気がする。

 さて、ここいらで先週予告した「検屍官」シリーズの熱心なファンだった児玉清さんの話をしよう。

 児玉さんの翻訳物への偏愛っぷりは、著書『寝ても覚めても本の虫』に一番よく表れている。何せ、児玉さんは「私の好きなシリーズ作品はあらかた読んじゃってもう邦訳がないから」と言って、当時まだ未訳のJ・ディーヴァーの『コフィン・ダンサー』などを原書で読み漁り始めるのである。『寝ても〜』はそのレビュー掲載されているのだが、はっきり言ってこの情熱には頭があがりません。これは本当に凄い。

 で、この本の中には「女流作家の時代に乾杯」という章があり、コーンウェルはじめL・スコットライン、M・ウォルターズなどの作家を取り上げているんだけど、ちょっと引っかかった箇所がひとつ。

 児玉さんはケイ・スカーペッタのことを「女性ハードボイルド時代の到来と騒がれたキャラクター」と書かれておられる。あれっ、スー・グラフトンやサラ・パレツキーはどこにいったのだ? この連載を始めるまで3Fミステリーを手に取ったことすらなく、80年代の翻訳物の状況を生で知らない私ですら「女性私立探偵物って、キンジー・ミルホーンとかヴィクとかが火付け役だよね?」という知識は持っていた(ちなみにV・I・ウォーショースキーの名前は「名探偵コナン」の巻末についている名探偵図鑑で知りました。私はそんな世代の人間です)。

 原書で好きな作家を追っかけるほどの翻訳好きである児玉さんが、グラフトンやパレツキーを知らないわけがないし、だとしたら「女性ハードボイルドの幕開けはコーンウェル」と言い方をわざわざするのであろうか?

 ここで注目したいのは、児玉さんが“と騒がれた”という表現を使っているところ。つまり児玉さん個人の認識ではなく、「検屍官」シリーズに対する世間一般の反応がそうであった、と取ることもできる。

 ……って、それって本当にそんな反応だったの? 次回はそこんところにツッコミを入れてみたいと思います。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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